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それが、僕の望み
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棗は白楊に許されて、その夜部屋を訪れた。赤月はハーブティーを二人前置いて、足音も無く静かに部屋を出る。
白楊はソファーにもたれ、ゆっくりとハーブティーのカップを持ち上げ匂いを楽しむ。昨日のバルコニーでの事など無かったかのように、薄い唇は蜂蜜色の液体を飲み込んだ。
「して、話とは何だ。」
「はい。申し訳ないのですが、後期の授業料の振り込みはしないで下さい。それと、明日からの南国への別荘にも同行出来なくなりました。」
棗の言葉に、白楊はカップの揺らぎを見詰めて伏せていた目蓋を上げた。目が合う。
「何故だ。別荘の事は良いが…大学を辞めるつもりでおるのか、」
「はい…というか、もう通えないのです。」
「通えない?」
棗は白楊の前に立つ、怪訝に見て来るその手から、カップを預かるように取りテーブルへ戻した。ひざまづいて、そっと白い手を包む。
「やはり、手がとても冷たい。僕の望みは、それを温めてあげる事なのです。以前の体温に戻してあげたい。」
微笑んで言うのを、白楊はじっと見る。薄茶色の瞳は澄み、赤茶色の睫毛は優し気にそれを飾る。
そこに、欠けた心を取り戻してくれたあの少年が大人に変わり行く、一瞬の輝きを見た気がした。
「…何の話だ。大学は、」
「愛しているのだと言えば、信じてくれますか。」
白い袍に包まれた体をソファーに倒す、案の定もう抵抗するだけの力が無い。あまりにも容易く、白銀の髪が深緋色のベルベットの布地に散る姿が美しく悲しい。
「この方法しか無いと聞きました。きっと、これが僕の役回りなのでしょう。」
棗はその上に乗り上げて、薬草を切る時に使用するナイフをポケットから出した。
「何を、」
「貴方に、この命を捧げます。どうか生きて下さい。」
狙いを定め、両手で掴んだナイフでドッと胸を突く。ぐぐ、と肋骨の隙間に押し込んだ。
「止めぬか!」
切迫した声も虚しく、ぼたぼたとナイフを伝い出し、次々と白い袍に染みを作り出す。白楊の指が棗の胸に触れる、血を止めるだけの妖力すらももう湧いて来ない。
自分の無力さを知り、そして打ちのめされる。これ以上は耐えられない程の毎日を過ごして来た。一度は欠けた心を満たす思いを今、ここで知る事程に残酷な事は無い。
「棗、私は」
ずるりと棗の手が滑り、指先からぽたりと落ちる血を何事かを告げようとする口へ垂らした。
その方法なんだけど、その魔物と所縁のある人間の血を飲ませるんだ。でも厄介な事に、心臓を流れる血に限る。魔物って、つくづく魔性の生き物だって思うね。自分が生き残る為に、身近な人間を犠牲にするんだ。
そう言って、リンドウは灰色がかった紫の瞳を向け肩を竦めた。白い肌に浮かぶ赤い唇は、面白い話をした時に見せる弧を描く、瑞々しいサンシュユの実の色だった。
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