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その勘違い、善意ですから
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「ナツメー、ただいま。仕事決まった。」
昨日、トキワは相乗り馬車で揺られる事五時間、空きっ腹の腹に水を詰め込んでふらりと王都に赴き面接を受けた。即採用だった。
夜通し馬車で揺られ、空腹で寝るに寝られず帰宅し、もうふらふらのトキワは、おかえりーと寄って来たナツメに、渡された前金の入った袋を懐から取り出し見せた。
「凄い、何この金。何でこんなにたくさんあるの。」
「うん、国王の用事をしに東国へ行くから支度金とか諸々ってよ。一ヶ月後に残りの報酬を手形で送るって。」
「え、国王?ちょっと、何か騙されてない?大丈夫なの。」
不安そうにナツメが両手一杯程の、ずしりと重い袋を見る。こんな大金を目にした事は今迄なかった、しかもトキワに限っては、こんな大金を稼げる様な男ではない。いや、稼げるのだろうが稼ごうとしない、と言うのが正しい。
しかも、今、東国と言った。その国へ行く事、それはトキワが最も避けていた事の筈だった。
「東国は駄目だよ。トキワ。」
「うん。分かってるさ。」
呑気な返事に、更にナツメの不安は募るばかり。
「分かってるって…如何するの。」
「いやさ、手紙と贈り物を渡すだけの簡単な仕事なんだ。だから、適当な所まで行って温泉にでも浸かって解散しようぜーって、他の同行者と決めた。」
「温泉…、」
「そ。だから東国には行かねえよ。俺の他に二人同行者が決まってんだ。昨日、顔合わせも済ませて話して来た。」
「いやいやいやいや、」
とんでも無い人選。よりにも寄って、こうもやる気の無い奴らに国王の用事を任せるなど、しかも大金を渡しての依頼であるのに、どんな手紙なのか内容は知らないが不味いのではないか。
「ねえ、トキワ。その仕事止めた方がいいよ。手紙って、よっぽど大切なものなんでしょう?」
「あー、いや。何か、東の果ての果ての果て、兎に角隅っこの方に住んでる女へのラブレターっぽい。如何でもいい感じだろ。」
「ああ、ね。ならいいか。」
ラブレター、それは極めて個人的なもの。届こうが届くまいが、バレる可能性は低い。なんせ、相手は東の果ての果ての果て、兎に角隅っこの方に住んでいるのだ。その辺は、東国の魔の領域、妖の地だ。人が行って帰る可能性は低い。
「って、駄目だよ!バレるよ!生きて帰ったらバレるから!」
「ははっ、誰も俺の消息なんて探りに来ねえよ。何せこの任務は極秘、渡したら速やかに解散。もし万が一、俺の消息を探りに来たとして、手紙渡して奇跡的に帰って来ましたから、でも相手は気乗りしてませんでしたから、フラれたんすねぇぷぷって感じで良いんだよ。」
「ああ…そうか。うん、フラれたって事にすればいいのか。」
「な、」
二人は、にぃっと笑みを浮かべ顔を見合わせる。早速、冬に備える為の食糧と衣類、生活用品の諸々を買いに出掛けた。
王城の執務室。今回の国の大事を掛けた一大プロジェクトの任務遂行者の人選を任された、窓際係長が震える手で上司の課長へ書類を渡した。
「このっ、三名に決まりました。」
顔写真、名前、年齢、住所、職務歴などが埋められた履歴書だった。
「うむ、」
四国同盟大臣より特別に任された大役、国王の密書を届ける者を決める仕事。その内容は大臣止まりで詳しい事は伏せられている、ただ国の大事だと、この密書を届ける事が国の為になると聞かされている。しかも、贈り物付きだ。
「あの…言われた通り、傭兵や特殊技能者の中から、なるべく身軽そうな、容姿の良い者を選びました。」
「うむ、それで良い。矢張り女心の分かる者と言えば、そういう場数をこなした者だろう。間違っても腕自慢の厳つい男ではならん。しかし、それなりに腕が立たねば東の果てには行けまい。」
「はい。ラブレターと贈り物とは、王も奥ゆかしいですな。」
「ああ何せ、恐妻、いや、あの素晴らしい奥方様がいらっしゃるのに、新婚早々に他所の女性を慕っているなど言えぬだろう。ここは、我らが一肌脱ぐのが国の為になる。正妻でも愛人でも、早く世継ぎを設けてもらわねば。」
とんだ勘違い、邪推であるが、彼らは密書の内容を知らない。よもや東の魔物に、奴らの好物である北国特産品の珍しい宝石と引き換えに、後ろ盾となって貰いたいと頼もうとしているなど誰も思いもしなかった。魔物の住処は東の果ての果ての果てに在るものの、決して東国の一部ではない。そこは、人の介入ならざる独立した地だ。
「はい。明日に出立する予定です。」
「うむ。しかし、東国の端に暮らしておられる女性、よほど事情がお有りなのだろう。」
「もしや東国の、先代王の末裔では、」
「いや、それはあるまい。現王に末裔まで全て抹殺されたと聴く。何にしても、他国より自国だ。」
「仰る通りです。」
彼らは勘違いをしたまま、世継ぎの誕生に思いを寄せた。四国同盟より二十年、平和が続く中にあって、戦乱の予兆など何も感じていなかった。
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