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黒い、闇の色
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常は、紅丸の後ろに付いて長い廊下を歩きながら、途中にある部屋を覗いたり、中庭を見たりと忙しい。
やがて、広い茶の間に通された。しかし、そこには入り口に背を向け寝そべり、寛いでいる先客が居た。黒い短髪、黒い着物、黒い足袋。常よりも年上に見える、大柄な男だった。
「黒鉄。」
くろがね、紅丸にそう呼ばれた男がのそりと起き上がる。うたた寝でもしていたのか、ぼりぼり短髪を掻き、欠伸をした。
「おう。常…起きたか。」
入り口に立つ、紅丸と常を振り返ると言った。黒い足袋と着物に、昨夜の記憶がよみがえる、意識を失う前に玄関先で会ったのはこの男だったのだろう。
しかし、今の常はそれどころではなかった。一歩踏み出し、じっと男を見詰める。
「…目が黒い、」
「ああ、同じだな。」
黒鉄が常を見て笑う。紅丸と同様に、この黒鉄も、魔物とは思えぬほど人と同じ姿をしている。いや、もしかしたら人なのだろうか、
「常、ここで待ってろ。食物を持って来る。」
「…うん、」
上の空で返事をして、常は黒鉄の隣りに腰を下ろした。また、じっと見詰める。常とは違い、光彩のない塗り潰した様な闇の黒。それでも、常にとっては特別だった。
瞬きも忘れ、無心に見てくるその様子に、黒鉄は苦笑する。今はもう人の中でただ一人の、黒い目を持つ前東国王の末裔。常の事は、紅丸に聞かされている。
「如何した、そんなに肉親が恋しいか。」
その通りだった。如何しても、その黒い瞳に肉親の面影を探してしまう。もう朧げな、消えそうな記憶を手繰り寄せる。
「顔に触れてもいいかな、」
「構わんが、」
そっと、指先で触れる。冷んやりとしていて、体温の無い輪郭をなぞる。紛れもなく妖だった。もしかしたらと、心の何処かで淡い期待を抱いた愚かな自分を笑う。
きっと常の親や兄弟とは似ていないだろう。こんなに大柄な体型は、東国に於いては珍しい。
「ああ…ありがとう。」
何故、涙が溢れるのか。
「いいや、」
指先を離し、頬を伝う涙を襦袢の袖で拭う。薄れ、やがて消える記憶を、こんなにも辛いと、苦しいのだと、訴える心に蓋をする。
そうしなければ、家族を奪った者への憎しみもまた、同じ量だけ溢れ出すからだった。
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