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饅頭と、気苦労
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いろは紅葉の色付き始めた頃。黒鉄はのんびりと中庭を眺めながら、暖かな日差しを浴びて寝転んでいた。
背後の障子。懐かれるのは、別に構わない。寧ろ、この長い時を共に生きるなら仲良くしておきたい…しかし今は色々と微妙な時期で、如何したものか。
暫くは放っておいたのだが、矢張り声を掛ける事にした。体を起こして、縁側に胡座をかき振り返る。
「常、何してる。」
紅丸に誂えてもらった藍色の和装姿の常が、決まり悪そうに出て来た。こっそり障子の影に隠れて黒鉄を見ていたのだが、矢張りお見通しだったようだ。
「あの…隣に行ってもいいか、」
「別に聞かずとも勝手に来ると良い。」
ぱあっと常の顔が明るくなる、
「うん。」
いそいそと寄って来て、縁側に並んで座る。常が果ての屋敷で過ごし始めて、二週間ほど経った。
黒鉄はいつもこの屋敷に居る訳ではない。ふらりと出て、ふらりと帰って来る。それを待ち構えていた様に、姿を見かけた常が、じわっと側に寄って来るという具合だった。
「饅頭、食うか?」
「えっ、うん…、」
黒鉄が袂を探り、饅頭を二つ取り出す。常にとって、久し振りの饅頭だ。嬉しそうに受け取り笑顔になる。この屋敷で食べ物を口にする事自体が久し振りだった。
常は饅頭を包む紙を外し、かぷっとかぶり付く。餡子の甘みが強く口の中に浸みた、ふかふかの皮がそれを和らげ美味さが引き立つ。懐かしく、ほっとする味だった。
「美味いなぁ。ナツメに食べさせてやりたい。」
「ナツメ…誰だ?」
「同居人なんだけど、俺としては唯一の家族。」
北国はもう冬だろう。棗はこの時期体調を崩し易い、ちゃんと薬湯は飲んでいるだろうか、ちゃんとご飯は食べれているか…色々と気掛かりで仕方ない。
「お前の家族か。…ふむ、会いたいか?」
「うん…会いたいよ。でも元気なら、それで良いんだ。」
常は自分が此処へ来た時の事を思い出す。人が容易にたどり着けない場所、もし黒鉄が連れて来るとしても、棗にはここまでの旅路はきついだろう。常自身が行ければいいのだが、この前の散歩の一件から紅丸の許可無く勝手には屋敷を出れない、そう強く念押しされている。
「見て来てやろうか、」
突然の申し出に戸惑う。頼み事をするなら、何かを対価に渡さなければいけないのではないか、常は首からペンダントを抜いて黒鉄に差し出した。
「あのさ、是非頼みたい…けど、報酬はこれでもいいか?俺は他に渡せる物が無いんだ。」
ナツメの顔を思い浮かべながら頭を下げる。例え会えなくても、様子を確認して貰えるだけで有難かった。
「いいや、報酬は必要無い。…それに、お前から何かを貰えば後が怖いからな。」
後半の台詞は、常には聴かせるつもりのない小さな呟きだった。
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