アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
晴れた日にも、黒い番傘を
-
縁側で饅頭を食べ終えた黒鉄は、並んで座っている常を見た。饅頭をまだ半分も食べていないのに、それ以上は食べ進める事が出来ず包み紙に包んで袂にしまっている。
「もう、要らないのか。」
黒鉄は、常が食への欲求を殆ど見せない事に危機感を抱く。この地では何も食べずとも死なないが、人も魔物も食べる物に違いはあれど、食欲を断つのは難しい。
それは、生命を維持する為の本能であり、大事な事だった。毎日その欲求が湧き、少しの食事で満足する…それが理想的だ。
「うん。でも、本当に美味しかった。ありがとう。」
「…そうか、良かった。」
常の笑顔を見ながら、どうしたものかと悩む。本当は家族に会わせてやりたいが、紅丸は黒鉄との外出を許さないだろう。
そもそも紅丸は、気紛れに温泉へ浸かりには行くものの、人と暮らした事もなく、今迄興味が湧かなかったのか、あまり人の事に詳しくもない。常の食欲の無さも気付いているのか、いないのか、一向に気にしてる様子が見られない。
「常、今から行ってきてやろう。ナツメの住処を教えてくれ。」
こんな幽閉された状態で、いつまで常の心がしっかりしていられるか。このままでは、取り返しのつかない事になってしまうのではないかと、黒鉄は気が急いて来た。
「北国の〇〇町、一番大きな宿屋と薬屋の間のボロ家。きっとすぐに分かる。」
「分かった、土産も買ってくる。何か食いたい物はあるか?」
「…なんも要らないよ。ナツメに饅頭を食べさせてやりたいとは思うけど。」
こんな状況でも人の心配をしている。困ったもんだと思うが、その願いは叶えてやろうと決めた。
「分かった。饅頭を渡してくる。」
「うん。ありがとう。」
黒鉄が袂を探って宝石を取り出す。指先に摘んだ緑色の宝石をよく眺めた後、パクッと口に入れて、ぼりぼりと音を立てて噛み砕いた。
その様子を不思議な気持ちで見守る常の目の前で、黒鉄が目を閉じる。ほんの瞬き程の一瞬、その時にはもう瞳の色が変化している。
「 あ…さっきの宝石と同じ。」
「ああ、黒目は今や人の世に存在しないからな。何かと不便で困る。」
そう言いながら、傍に置いていた黒い番傘を手にし、縁側から続く中庭へ草履を履いて降りる。晴れた空の下で番傘をバッと広げた。
「傘…?」
「じゃあ行ってくる。」
トンッ、中庭を草履で軽く蹴った。ただそれだけの動作で、黒地に風雲の描かれた羽織と、黒一色の着物の裾が舞い上がり、番傘ごとブワッと浮き上がる。
「うわ…、凄い…、」
縁側に立ち、口をポカンと開け驚く常を置き去りに、黒い着物をはためかせながら北国へ向けて飛び去った。
棗は薬草を採りに入った山で、手を休め腰掛けるのに丁度良い大きな切り株に座った。ハンカチに包んだ昼飯のパンを取り出し、小さくちぎると近くにばら撒く。
「おいで、」
棗が毎回そうするのを知っている小鳥が、待っていた様に何処からともなく寄って来て、カツカツと啄み始めた。少し体の大きな鳥が、小さい鳥を押し退ける。
「仲良く食べないと駄目だよ。」
注意すると、大人しくなった気がした。自分もパンを少し口に入れて咀嚼し、薬湯を入れた水筒の蓋を開けて、狭い飲み口からそのまま飲んだ。
「はぁ…。」
ケホ、ケホ、と相変わらず咳は出る、食欲は減退するばかりだ。薬草採りも休み休みしながら、いつもよりも時間をかけて採った。
冬の備えは完璧で、あの大金のお陰でボロ家には保存食が二人分ある、暖かな衣服もこの前一緒に買いに行き二人分を新調したばかりだ。暖炉の薪も沢山用意している。だけどそこには、冬になると棗を気遣って、働かなくていいよと笑う同居人は居ない。
「働かなくていいって…そんな訳にもいかないよ。もっと貯金を増やさないと、春になったら東国に行くんだから。」
そして、東の果ての果ての果てへ行くのだ。常が帰って来れないのなら、自分が行く。それは強い決心だった。
バサバサバサ、
一斉に鳥が飛び去る。ハッとした棗が顔を上げた。人の足音が側まで迫っていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
21 / 120