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眠る者と、その傍らにいる者
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常は布団の中で触れた体が冷たい事に気付いて、夢の延長のまま、掛け布団を上げて包むと引き寄せた。それは、いつものボロ屋での仕草だった。
「ナツメ…体を冷やしたら駄目だろ。」
そう言ってまた眠りに落ちる。冷たかった体は、いつもよりも時間が掛かったが、触れている部分だけ常の熱が移った。常はそれに満足して、口元に笑みを浮かべる。
「おい、ナツメとは誰だ。」
紅丸は常に抱き寄せられたまま、その寝顔を見詰めて不満気に呟く。その声も夢の中に迄は届かない、規則正しい寝息は微かな胸の上下と共に続いている。
まだ早朝、夜が明け始めたばかりだ。紅丸は昨日の夕刻に常を運んでからずっと側にいた。もう随分長く寝ているのに、常は目覚めない。このまま眠りが覚めるのを待つとして、いつ起きるのか分からない。
「常、目を覚ませ。」
頬に触れる。紅丸の指先が頬の形を辿り、薄く開いた唇に触れた。くちづけた記憶がよみがえる、温かく柔らかな感触だった。それは、宝石を口に含む時よりもずっと紅丸の気持ちを満足させた。
「お前は凄いな。それとも、人間は皆そうなのか、」
スッと口元に近付く、寝ている呼気が紅丸の顔に掛かる。唇と唇が触れる寸前で止めた、如何するか迷って離れる。何かをする時に迷い、行動が出来ない経験など今迄無かった。
胸を揺らす気持ちの波。こうして常の側に居るだけで満ちるくちづけと同じ温かな柔らかい感情は、常が時折見せる陰りのある表情にすうっと引き、代わりに冷たく黒い感情が押し寄せる。こうして二つの相反する思いが、満ち引きをしながら大きく心を動かす。
「ナツメ…か、」
紅丸は呟くと、思案顔のまま布団に横になった。
朝日が天蓋付きのベッドのレースを照らし、キラキラと細かい光の粒になり輝く。その広いベッドの上には少年が眠っている。今でこそ呼吸は落ち着いているが、まだ予断は許されない状況のままだった。
豪華な内装、壁には何処かの画家が描いた風景画が掛けられ、猫脚細工の繊細な丸テーブル一式が据えられている。宝石の屑を練り込んだ花瓶が飾り棚に置かれ、大きなバルコニーからは城下町が一望出来る絶景。この最上階の部屋は王の部屋の側近くに有り、元来なら王家に所縁のある者しか立ち入れぬ部屋だった。
「如何だ、目は覚ましたか。」
北国の王、キアルは自室からやって来るなり老医師に尋ねた。医師は丁度少年の脈を測り終えて、その細く頼りない腕をベッドに戻したところだった。
「残念ながら、まだですな。しかし呼吸は楽になっているので、今日中には目を覚ますでしょう。それも全て王の御英断のおかげ。あの半地下に居たならば、今頃亡くなっていたでしょう。」
そう言うが、老医師の目は皮肉を宿している。そもそも、この少年を無理に連れて来た挙げ句、持病を軽く見てこの状況に追いやったのは王や側近達である。どんな事情があるにせよ、老医師にとって患者は等しく患者であり、この事態を招いた馬鹿者どもに対しての憤りを感じた。
「そうか…、一命を取り留めたようで良かった。」
キアルがベッドに寄り、老医師の隣りに立つ。少年の青い顔色を見て、自分が思うよりも容態が良くない事は察した。暫くは、果ての屋敷の主との交渉が出来る状態ではないだろう。
「これは年寄りの独り言ですが、この少年がどんな事をしたのかは分かりません、罪人だと言われるのならそれも仕方ない話。しかし、このまま無理を重ねれば、ただでさえ短い命は一瞬のものとなりましょう。」
キアルは黙って老医師の呟きを受け入れた。彼とは赤ん坊の頃からの付き合いであり、その人となりも承知している。
「さて、私は一度診療所へ戻ります。仕事を終えたらまた夕刻前にここへ来ますが、もし容態が悪化した時は直ぐに連絡を、」
「分かった。宜しく頼む。」
老医師が一礼して部屋を出る、医師の荷物を持ったメイドが共に去った。中には扉近くに控えた秘書、ベッドで眠る棗、その傍らに立つ王だけとなった。
相変わらず扉の外には、廊下の両脇にこの部屋を見張る為の屈強な兵が立っている。
「扉を閉めろ、」
王の声に従い、老秘書が兵に身振りして扉を閉めさせた。手招かれて王の後ろに控える。
「もう、果ての屋敷へ文は出したのか、」
「いえ、前回任務を遂行した残りの二名に頼む予定でしたが、昨日は家を空けていた様でまだなのです。」
「ならば、少し先延ばしにする。」
「ですが、」
秘書は、医師の呟きを聴いていない。それ程小さな声で、本当に呟いただけの言葉だった。
「四国同盟大臣にも伝えておけ。一旦は、この計画を中止すると、」
王の青い瞳が強い意思を表す。この決定に逆らうなど、秘書の力では出来る筈もなかった。
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