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それぞれの変化、その兆し
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少し離れて隣りに寝そべる、ふかふかの白い毛並み。常はそろーっと触れようとして、閉じていた大きな瞳が半眼開きじろりと見られ、パッと手を元の位置である自分の膝の上に戻した。
常は、湯浴みをしたばかりで縁側で涼んでいる。夕暮れ時、いろは紅葉がそよぎ、葉と葉が触れると微かな音を立てた。菊、竜胆、ワレモコウ、庭は手を入れてないかの様に秋の野山の花が咲き、なのに荒れた庭ではない。きっと緑太が管理しているのだろう、花の名前に詳しくない常の目をも愉しませてくれる。
気持ち良くなり、瞬きをしようと瞳を閉じた筈が、もう常の目蓋は持ち上がらなかった。体がゆらゆらと頼りなく揺れ、傾く。拠り所のない縁側の床に倒れそうになるところを、白獅子が移動して支える様に寄り添った。
緑太は洗濯物を片付け、縁側の様子を見に来た。思わず笑みがこぼれる。腹側に埋まる常をそのままにして、寝かせてくれている。
「有難うございます、白楊様。」
常の隣りへ膝を着き、感謝を述べた。
「寝床の用意を整えて来ます。」
「急がずとも良い、寝付いたばかりだ。今動かせば起きてしまうだろう。」
「…そうですね、」
本当のところ、最近の常は多少の事では起きようとしない。だが、緑太は白楊の言に頷くだけにした。人間を邪険にしていない白楊が珍しくもある。
「紅丸は遅いな、何処へ行ったんだ。」
「さあ、はっきりとは申されませんでした。ですが、恐らく本日中にはお戻りになるかと思います。待たれますか、」
「そうだな。出直すのも面倒だ、今日はここに泊まる。」
「分かりました、部屋をご用意します。済みませんが常様をお願いします。」
緑太が立ち上がり、縁側を去る。白獅子は起きる気配の無い常を確認して、また目を閉じた。
「お帰りなさいませ。」
紅丸が玄関に立つと、主の気配を察知した緑太が迎えた。緑太はそっと、夜の山道や庭の気配に耳を澄ませる、矢張り居ないか…常の気持ちを思い残念になった。
その様子を察して、紅丸が答える。
「お前が気にしている者は、黒鉄が連れて来るだろう。しかし、無理をさせぬ様にゆっくり来ると言っていたから、まだ暫くはかかる。」
目を見開き驚く、半分以上の確率で無理だと思っていたからだ。しかし、その表情は顔を隠す髪の毛で見えなかった。
「そうですか…。白楊様の使いに、茶の間でお待ち頂いてます。恐らく、仕事の定期報告でしょう。」
「分かった。」
緑太は紅丸の後ろへ続き、棗という少年の事を思った。天邪鬼なところのある主がよく受け入れたものだ、恐らく黒鉄が上手く取り計らったのだろう。紅丸には家族と呼べるものが居ない、常の棗に対する気持ちを理解するのは難しい。
人型の魔物は、人間の性別で言えば全て男性になる。その殆んどが家庭を持たない、大抵の人間は得体の知れぬものの妻や母である事を拒絶する。その為、上手く騙し家庭を得たとしても、父親である魔物は産まれた子と共に女の元を去る事が多かった。人と魔物では寿命も違い、どのみち、人の世では長く同じ場所には留まれはしない。
「常はどうしてる。」
「今は眠っておられます。今日は一緒に散歩をさせて頂きました。そこで白楊様の使いとも会ったんですが、…常様と少し打ち解けられた様です。」
敢えて、犬と間違え狩りをして危うく怒らせるところだった事は伏せた。プライドの高い白楊は嫌がるだろう。
「ほう、珍しい。あれは人間嫌いだろう。」
「…そうですね、ですが常様を受け入れて貰わねばなりません。今夜はお泊りになるそうです。」
紅丸が頷く。
「常の顔を見てから向かう。」
「はい、」
牡丹の間に消える背中を見送り、緑太は茶の間に向かった。常を通し、少しでも白楊の人間嫌いが緩和されればいい。新たな人間がもう直ぐ、この屋敷に加わるのだから。
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