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いざ、行かん
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ボロ家の中の全ての食糧、衣類を売り払い、宝石に変えて布袋に入れて貰う。棗は黒鉄を伴い、そのまま役所へ行った。
「すみません、この手形を半分は宝石、半分は貯金して下さい。」
役所の貯蓄金融課の窓口で、城から貰って来た手形と、四国共通の貯金通帳を差し出した。宝石は貨幣に変える事も容易で、旅をするには嵩張る現金よりも利便性が高い。特に北国では、宝石の種類も豊富で、貨幣に代わるやり取りが日常化している。
「はい、少々お待ち下さい。」
そう言った窓口の女性職員が、手形の金額を見てぎょっとした。直ぐに棗の顔を見て、また手形を見る、その発行元が北国の王である事を確認して、更に驚き顔をした。
それは無理もない事だった。常の報酬、本来なら郵送される筈だった手形を、引っ越すから先に下さいと、棗が王に交渉して貰って来たものだ。しかし、本来の報酬の二倍の額を王が寄越した。これで、何とか棗の機嫌を、いやその側にいる魔物の機嫌を取ったつもりなのだろう。
「国王依頼の仕事の報酬なんです。偽物だと思うなら、確認して貰っても大丈夫ですよ。念の為に、裏に王様のサインと王印を貰ってます。」
ちゃっかり、しっかり、それが棗だ。くれると言うのなら、倍の金額を遠慮無く貰う。その際、こんな若い者が大金を持つのも訝しがられると分かっていたので、サインと王印を貰って来ていた。役所ならば、それが本物であるかどうか判断するのに時間はかからない。
女性の職員が慌てて後ろの上司の元へ手形を持って行き、上司が国王のサインと印、それを確認した。上司は奥の部屋へ消え、厳重に鍵の掛かった金庫から宝石を取り出し、貯金通帳と共にトレーに乗せて、棗の元へ運んだ。
「大変お待たせしました。」
「棗、どんな宝石だ?」
今迄離れたところで見守っていた黒鉄が、確認する様に隣りに立った。価値の高い宝石の粒、そして中程度の宝石、それらを眺め頷いた。黒鉄の鑑定なら大丈夫だろうと、棗は布袋にしまう。
役所を出た棗は、常よりもずっと背の高い黒鉄を振り仰いだ。時刻は、もう昼になろうとしている。
「さてと、マリンさんとカイさんには昨日挨拶したし。薬草は薬屋さんに別れの挨拶代わりに全部渡したし、宿屋にも挨拶したからこれで用事は全部お終い。」
コンパクトにまとめた最小限の荷物は、肩から掛けたショルダーバッグ一つになった。
「やっと出発か。人間の引っ越しとは、こうも大変なもんなんだな。」
「うん、勝手に居なくなると不都合な事もあるし。黒鉄さん、待たせてごめんね。」
「いや、別に良いが。」
黒鉄は二日の旅程がずれ込む事になりそうだと、顎を撫でて空を見た。少し曇っている、空路を行くなら雨は大敵だ。黒鉄一人なら雨でも雷でも気にならないが、人の身では飛べる時間と条件は限られている、夜間は寒く棗の体では無理だろう。予定通り宿を取り、休みを挟みながら、馬車を使っての陸路も考慮しておくべきかもしれない。
人目の少ない裏通りに入る。黒鉄は羽織りに手を突っ込み、漆黒の番傘を出すと広げた。
「ふむ、では行くか。」
「はい。お願いします。」
心得た棗が、黒鉄の首に手を回し抱き着く。それを易々と、鍛えられた腕一本で支え安定させる。助走もなしに、黒足袋に草履を突っかけた足が地を蹴った。ぐんぐん上昇し、地を遠ざけ東国へ向け進む。
「っわ、」
棗が思わず声を出す。怖くはない、黒鉄の腕は空の中に居ても、地に足を着けているかの様にぐらつかない。不安よりも、感嘆の声だった。
「大丈夫か。」
「うん!うふふ、楽しい。」
「そうか、お前は明るいな。」
常も、この少年の笑顔を見れば気が晴れるに違いない。早く会わせてやりたいと、黒鉄は空路をなるべく急いだ。
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