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真実を明かす、その時
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「常は落ち着いたか。」
薄闇の縁側から飾り障子を開け、静かに書斎に入って来た緑太へ声を掛ける。紅丸は、目を通す筈の書物が一向に進まず、半ば諦めて煙管を吹かしながら緑太を待っていたところだ。
常の身に起こっている事は、本人が湯浴みをしている間に緑太から説明を受けている。怪我ではない事も承知しているが、気持ちが落ち着かない。それは、常から放たれる香の所為でもあった。
「今は、寝ておられます。魔法を解く事を望んでおられましたが、それが出来ない事を伝えましたら気を落とされてしまい…。今夜はもう、一人になりたいと仰られて。」
緑太は、机の前に居る紅丸の傍に座して答えた。
「そうか、まあ…嫌がっていたからな。」
「私の想像以上でございます。こちらの都合ばかりを考えて、常様の気持ちを配慮出来ておりませんでした。至らず、申し訳御座いません。」
「いいや、それは俺が先に説明すべきだった。緑太が気に病む事ではない。顔を上げろ。」
畳に手を付き頭を下げていた緑太は、ゆっくりと面を上げた。相変わらず髪に隠れ表情は見えなかったが、緑太もまた常につられ気落ちしている。
「紅丸様、常様はどこまでご存知でしょうか。これから先、御身の変化を受け入れるだけの、気持ちの強さがお有りとは思えないのです。」
「そうだな、きっと何も知らないんだろ。どうやら、望んで掛けてもらった術ではなかった様だし、俺に解いて貰えると思い込んでいたからな。」
「どう致しましょう。起きられたら、直ぐにでもお話しすべきでしょうか。」
「…俺が話す。朝から用事で出掛けるが、あれの起きる頃、昼過ぎには戻る。」
「了解致しました。」
紅丸は、預かったままのペンダントを灯りにかざした。水色の宝石は、夢の様に繊細な光の粒を振り撒き、その美しさを見せ付ける。
「美味そうだな、」
常の居る寝所から、強く牡丹が香った。
棗は小鳥のさえずりで目が覚めた。宿屋の二階の窓から見える木に、小さく羽ばたきながらちょこちょこと場所を変え、また留まっては鳴く。
「黒鉄さん、朝だよ。」
隣の大きな男に声を掛け、ベッドを降りる。期待を込め、薄いカーテンを開けた。
窓から見える空は暗雲が立ち込め、今は止んでいる雨が、また降り出す準備を整えようとしている。
「ありゃ、今日も雨か。」
「ふむ。高速馬車に乗るか、」
いつの間にか背後に立ち、棗の肩越しに空を見ている。
「うん。午前中に一本だけだから、ご飯食べたら宿を出よう。」
「そうだな。市場はもう開いているだろう、朝飯を買いに行くか、」
「黒鉄さんは宝石の方がいい?」
「いや、昨日食べたから大丈夫だ。」
「そっか…、」
くすんだ青い目が棗を見る。どこか残念そうにしている少年に対し苦笑した。
「何だ、宝石を食うところでも見たいのか。」
「うーん、それも見たいけどね。それよりも、目の色が気になっちゃって。」
「目の色?」
「うん。折角だから、もっと男前な色になってほしい。」
意外な事を言う。黒鉄は棗の、その無邪気さが面白い。
「ははっ!おかしいな、男前な色とはな!」
きっと、常もこの少年の無邪気さを愛おしんでいるのだろう。家族、血が繋がっていなくとも、常には大切な存在なのだ。
「オレなんぞに無駄に食わせず、宝石は大事に取っておけ。それに、これから色を変える機会はまだある。予想よりも旅は長くなりそうだしな。」
「そうだね。じゃあ、次回は僕の選んだ物を食べてね。」
「ああ。しかし、水色の宝石は屋敷まで取っておくと良い。あれは紅丸の好物だ。」
「へえ。トキワの瞳の色だよ。」
その棗の言葉に黒鉄は、今更ながらに気付いた。今の常の姿は魔法が解け、棗の記憶とは違う真の姿になっている。
「棗よ、常の過去を聞いているか、」
「過去…?えっと、親の借金の事?それで東国に出入り禁止だって言ってたけど、」
「ふむ。親の借金…まあ、そうだな。金の話ではないが、常の身上はちと複雑だ。東国前王の話を聞いた事はあるか?」
それは、血塗られた歴史。そして、常の幼少期に起きた哀しみの話。
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