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白獅子の背に乗り、秋の庭を行けば
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明日に此処を発つ予定の常は、是非にと赤月に勧められ、白獅子の背に乗り湖の近くまで散策に出ていた。頭上を覆う木の葉の触れ合う音、その間から何処からともなく聞こえる鳥の囀り。
物を映さぬ目にはその音を聴いて想像するしかない。頬に秋風を感じる、澄んだ空気は深呼吸した常の肺を満たした。
「此処は、果ての屋敷の山の中みたいなんだろうな。空気が綺麗で自然が豊かで、きっと今は秋の紅葉が見頃か…。屋敷の中に湖があるなんて、本当凄いなあ。」
「ええ、常様。湖面に樹々が映え、素晴らしい眺めです。」
紫が微笑みながら返した。常はそれに頷くと、背後へ顔を向けた。
「少し、自分で歩いてみたい。白獅子に屈んで貰えないか、」
紫が常を降ろす為に白獅子の横に寄ったが、それを常の体を支えて乗っていた白楊が手の一振りで制した。
「仕方の無い、私が降ろしてやろう。」
そう口では言うが、楽しそうに常を抱えて飛び降りる。大人しく白楊の肩に掴まった常は、地面にゆっくり足を降ろして貰い、この屋敷に来た時よりも随分丁寧に扱われている事に気が付いた。
あの白楊が、目が見えない事へ配慮をする気になったのか、それとも何か特別機嫌でも良いのか。
「白楊、小鳥にパン屑をあげても良いか?紫さんに用意して貰ったんだ。」
常はズボンのポケットから、ハンカチに包んだ小さなパンを取り出した。
「それを鳥にやる?何故だ、」
不思議そうに問う。鳥に餌をやるなど白楊にとっては、まるで意味の無い行動だ。
「北国に住んでた時も、山に入った時とかナツメとやってたんだ。鳥って可愛いだろ、見てるの好きでさ。あ、ナツメは俺の家族の名前。」
「ふうん、よく分からぬがやってみよ。」
「うん、」
常は早速瞳を閉じて鳥の声を聴く、多くの音がする方へ少しづつ進む。白楊は白獅子と共にその場から動かずに眺め、紫は常の隣りを一緒に歩いた。
やがて大きな樹の近くで止まり、パンを小さくちぎり始める、しかし見えない為にちぎる端から溢れ落ち思う様に行かない。
「あれ、難しいな。」
「私がちぎりましょう。さあ、常様は両の手の平を広げておいて下さい。パン屑を乗せますから。」
紫が常のパンを取り、両手の平を上に向けて受け皿の様に整えた。そこに小さくちぎり落として行く。
「さあ、どうぞ。」
「有難う。」
ばっと勢い良く両手のパン屑を飛ばして撒くと、目を閉じてじっと立ったまま動かないで待つ。
そこへ警戒しながらも鳥が寄って来た、一羽が食べるとまた一羽増え、ちょこちょこ動きながら啄む。
「来てますよ、」
紫の囁きに目蓋が開く、樹の葉と葉の間をすり抜けた陽の光が髪に当たりクリーム色に淡く輝いた。銀細工の髪飾りが光を反射する。瞳に直接光が入ろうとも眩しさを感じない常は、水色宝石に陽を受けたまま瞬きすらしない。合わぬ視線を中に向けて、耳で聴く事に集中している。
それは幻想的に美しく、白楊の心を揺さぶった。そして、胸が騒ぎ心配になった。
「常、」
思わず小走りに近付く白楊の鈴音と足音で、一斉に鳥が飛び立つ。バサバサバサ、
「あ、」
常が羽音につられて上を仰いだ。ピチチ、バサ、パサッ、鳥は方々へ散り、木の葉に紛れて音は止んだ。
「あらら、折角集まってたのに。」
紫の非難にも白楊は悪びれる様子もなく、常の手の平を掴むとパン屑をハンカチで丁寧に払った。
「その様にパン屑を付けたままにしては、手が食われるぞ。」
大真面目な声に、常が可笑しくなって声を立てて笑う。白楊は強い魔物だと聞く、なのに小鳥に手の平を食べられるのではと心配する事が、幼子の考えの様で微笑ましい。
「大丈夫、小さな嘴では肉を食うのは無理だ。小鳥は警戒心が強い、俺の手には近付けないさ。本当は手に乗って欲しいけど、」
「そうか、なら良い。」
離れた場所に控えた赤月は溜め息を飲み込む、もう主人の言動と行動が怖すぎる。
この散歩も、予定では常の付き添いは紫と緑太だけの筈だった。なのに、仕事をさっさと片付けた白楊が割り込む始末。
「赤月、少し相談があるんだ。」
ずっと赤月の肩にとまっていた緑太は、耳元近くで囁いた。極々小さな声、周りの誰にも聞かれぬ様に鳥の囀りにも掻き消されてしまう程の。
「如何した。」
此方の返事も極々小さく、口を動かさずに発音する。緑太がこの相談事を聞かれたくない相手は白楊に違いなかった。
散策を楽しんだせいか夕食もしっかりと食べ終え、常は紫を伴って風呂場に居た。湯浴みをして、寝間着へ着替えるのを手伝ってもらうためだ。
「あら、常様。ようやく血が止まりましたね。両性を持った方の初花の時期は短いと聞きますから、丁度頃合いでしょう。」
「えっ、本当に?」
自分では血が見れないので分からない。しかし言われてみれば、下腹部の痛みはもう無かった。
「ええ。でも、念の為に明日の朝迄は今まで通り下着に付けておいて下さいね。万が一、血が出てはいけませんから。」
「う、女性用のパンツはそろそろ止めたい。」
「常様、男性用でこういった事に対応した物は無いんですよ。」
「はぁ…だよなぁ。」
がっかりする常の手を取り湯船に誘う。薄物のバスローブを羽織った体は、初花の終わりと共に変化も終わった。魔法を解かぬ限りは、この細く柔らかな体のままだろう。
「常様が羨ましい。」
湯船に入る寸前にバスローブを脱がせる。華奢な肩、胸は無いが女性の様に括れたライン、そこからなだらかに続くまろみ。
「え、何で?」
湯に浸りながら首を傾げる。
「私は魔物。どんなに願おうと女性にはなり得ません。」
「…うん、」
それは、明日に魔法を解きに行く常には色々考えさせられる言葉だ。そもそも、あの温泉でマリンを怒らせた事も同じ根源の問題だった。
女性という性が無い魔物、自分には魔法を掛けられない特殊技能者。二人は女性になりたくともなれない。
「俺は無神経だな、ごめん。」
「いいえ、私こそ済みません。」
あの時は、マリンがあれ程までに怒る理由は分からなかった。でも今ならその痛みを感じる事が出来る。常の心もまた迷いを持ち、それでも家族を守る為に進んでいるのだ。
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