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その笑顔は、プライスレス
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「緑太?」
常が声を掛けても返事が無い。代わりにチリンッと鈴が鳴り、用を終えた扇子は具合良く白楊の手に収まった。
「もう使いは居らぬ。煩いので切ってやったわ、」
「嘘、…緑太!緑太はどうなるんだ!」
取り乱した声に、紫が常の背を宥める様に撫でる。白楊を見たまま、意識を離れた所にある窓に走らせた。
「大丈夫ですよ。使い魔を切られたところで、私達は何ともありません。果ての屋敷でまた会えます。さあ、私が送りましょう。」
そう言うや否や、常の身体を抱き締めたまま空を舞い、天井近くで一回転し着地した。同時に、紫を狙って放たれた扇子は標的を失い、鋭く弧を描きながらチリンッと白楊の手の平に収まった。
「もう、白楊様ったら嫌ですわ。常様に当たったらどうします。」
「ふん、その様な下手は打たぬ。」
「そうですよね、失礼致しました。」
紫は左脚を軸にして再び飛び、袍のスリットから太腿を露わにしハイヒールで窓を破った。常を細い片腕で肩に抱き上げ、軽々と二階から外へ飛ぶ。もう人間の女性の範疇を超えている。
「させぬぞ、」
続く白楊はとんでもない跳躍力で、窓までのおよそ5メートルはあろうかという距離を、何の助走もなく床のひと蹴りで飛び超えそのまま外へ消えた。
「は、」
特殊技能者の男性は腰を抜かして床に尻餅を着いた。見た事全てが信じられない。
そこへ、やれやれと溜め息を吐いた赤月が寄って来た。いつも通り人の良さげな笑みを崩さずに、動けぬ男性を親切にもソファーへ座らせる。その手に、袋一杯に詰まった金貨を握らせた。それは報酬よりもずっと多い金額だった。
「うちの者が、ご迷惑をおかけし済みません。これは窓の修理分や口止め料も含まれております、受け取った以上はこの度の事、固く口を結んでおいて下さい。」
そう言って、細い瞳が開いた。その虹彩、縦長に細い瞳孔、それは人に有るまじき猫の目だ。
「は、はい。勿論。」
「そうですか、話の分かる方で良かった。では私も失礼致します。」
がくがくと何度も頷く男に、またもや目を細め笑顔になる。赤月は窓に進むと、一礼してトンッと軽く床を蹴って出て行った。
紫は人目の付かない路地裏に入り込み、後ろを振り返る。白楊は扇子を持ったまま腕を組んで、紫に冷たい視線を送った。
「常を寄越せ、」
「…放すと思いますか?白楊様はきっと、私が常様を離した途端に殺すおつもりでしょう。何の保証もなく、それは聞きかねます。」
その言葉に、白楊の艶やかな唇が笑んだ。首を少し傾げると、白銀の髪がさらりと動く。
「ああ、お前。中々良いな、私は馬鹿は好かぬ。さて、取引でもするか?何が望みだ。」
不意に優しく響く声音。紫もそれに応え愛らしく微笑んだ、魔物である事を隠して人間の世に紛れ込む術を身に付けた表情。
「うふふ。私の望みを聴いて下さるなんて光栄です。」
「さあ、言うてみよ。」
白楊が鷹揚に構え、畳んだ扇子で紫を指し話を促す。チリンと涼しく音が鳴る。
「ですが…、それは白楊様とて叶える事は出来ない願いですの。」
紫がただの人であったなら、その白楊の魔が魅せる美しさに惑わされもしたろう。
本心からの望みは女性になる事だ。だからこそ、常の気持ちが両性を受け入れ始めているのを感じ、守ろうとしている。
「ふん。まだ常との契約は続いておる、さっさと寄越せ。」
屋根を伝い近付く気配に焦れ、白楊は紫を睨んだ。両者が睨み合う間に、とうとう追い付かれてしまった。
高所から飛び降り、トンッと軽く着地した音が直ぐ側で聴こえる。案の定、うるさい奴が来たと、うんざりした白楊は振り返りもしない。
「いいえ。白楊様、こうなっては契約は無効です。一つの対価に、機会は一度切り。今回魔法は解けなかった、常様が継続を望まぬ限り瞳を返さねばなりません。」
赤月が落ち着いた声で諭す、白楊はそんな事など百も承知だ。つんと顎を上げ紫の腕の中の常を見た。相変わらずその瞳は白楊を見ていない、自分の置かれている状況を探ろうと、黙って音を拾う事に集中している。
「それは問題無かろう。常、勿論お前は瞳を対価にし、契約の継続を望むだろうな。」
その言葉に、しかし常は首を振った。白楊の片眉がピクリと上がる。
「契約の継続はしない。目を返してくれないか、俺はナツメの元に行く。」
その言葉が契約無効の宣告となった。ころり、ころりと目から水色宝石が落ちて地面に転がる、常の目は元の黒い瞳に戻った。
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