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愛故に、求める心
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果ての屋敷は重苦しい空気のまま一晩経った。それは、昨日の夜更けに泥塗れでこの屋敷へやって来た、紫と赤月からもたらされた報告から端を発する。
未遂ではあるものの、白楊の棗拉致の企みを阻止しようとした結果の事で、紫と赤月は責められない。二人が土砂崩れが収まった後に、長く常を探し回った事も、その姿を見れば一目瞭然だった。
「しかし白楊様はどうしているのか。無事だとは思いますが…、常様を探すうちに逸れてしまって。」
「白楊様は、まだ常様を探して山中に居るかもしれないわ。」
赤月が緑太に用意して貰った着物姿で、隣に座った同様に着物姿の紫と頷き合う。
常が土砂に埋もれどれ程経ったのか、漸く地滑りが止まり、赤月と紫が必死で斜面を下り探す中、白楊は白獅子の力で二人の元へ戻って来た。
そして常を襲った惨事を知り、あの白楊からは考えられない事だが酷く取り乱し、焦り、憔悴した。その後に、鬼気迫る様子で土に汚れるのも構わずに常を探し始めたが、あんな姿は初めて見るもので、赤月と紫も白楊へ怒りをぶつける事はしていない。互いに、その気勢はとっくに削がれている。今すべき事は協力する事だった。
愛故に、求めて狂う。それが、不器用な愛情しか表せなかった白楊の恋なのだろう。
「しかし如何する。棗がそろそろ起きて来るだろう、真実を伝えるべきか否か。」
黒鉄が顎を撫でて思案する。無数の鴉を東国北部に散らせているが、まだ何の情報も得ていない。
本来なら、常の捜索届けを多額の懸賞金をかけて四国全土にばら撒きたいところだがそれも出来ずにいる。今の常は、淡い金髪と白い肌、そして間が悪くも黒目だった。
「家族が行方知れずと知れば、人間には大きな心理的負担が有りますよ。棗様はまだ子供だと聞きますが、それに耐えれますかね。」
昨夜は棗が寝た後に屋敷へ着いた為、まだ会った事が無い。赤月は判断に迷い、黒鉄を見た。
「でも、隠し通せる?もし、もしも常様が帰って来る事がなかったら…、」
紫の心配ももっともで、この後に常が見つかる事が無かった場合、見つかったとしても生存していなかったとしたら、隠した事が裏目に出はしないか。
「…少し、待ちませんか。せめて紅丸様か白楊様からの知らせが来る迄。」
緑太は此処には居ない主人を思い、三人を見回して言った。この知らせを受け、直ぐ様屋敷を出て行き帰って来ない。紅丸もまた、白楊と同じく常を求めて彷徨って居るのかもしれなかった。
「はぁ…ネックレスねえし。川に流されたかな、高い襟の服だったから失くさずに済むと思ったのになぁ。」
着物の合わせ目を撫でて、胸を見下ろし溜め息を吐く。目を閉じていた時から半襟の近くを探って確認したし、念の為に着物の袂や懐も探した。駄目押しで、目で見て探してもやっぱり無い。
白獅子が駆け出した時に、失くしては不味いと袍の襟の中に入れておいたのだ。後で白楊に丁重に断りを入れ返すつもりでいた、理由も無くあんな高価な宝石は受け取れない。
「もしくはハツさんが持っているか…よいしょ、」
常は左足に負担がかからない様に、そろそろと床を履い進む。部屋は狭く、程なく目指す窓へ着いた。そこから小さな庭とその向こうの外の様子を探る。近くに民家はなく、人の通りもない。朝から雲の少ない秋晴れの空の下、洗濯されたハツの物らしき着物が干されているだけだ。
「……はぁ、」
息を吐いて、薬草の練ったものを湿布した左足を見る。ズキズキと痛むが、湿布のお陰で腫れから来る熱は治まっている。そっと左膝を立てる、足裏を床に着けて少し体重をかけた。途端にズキンと走る痛み、眉を顰めて唇を結ぶ。
「あーあ、この足じゃ走るのは当分無理っぽいぜ。」
考えてみれば白楊の屋敷では、怪我をしても直ぐに治して貰っていた為、痛みを長く感じる事もなかった。しかしこれが人の体、怪我をすれば痛み、治るのにも時間がかかる。
壁に背を付け、窓の横で足を楽にして部屋を見渡す。綺麗に片付けてあるが、あまり物の無い部屋だった。夫に先立たれ子供も居らず、寂しい一人暮らしだと聞いていた通りに、慎ましい暮らしをしているのが窺える。
ふと部屋の隅に置かれた二つの箪笥、その隣に据えてある布の掛けられた姿見を見る。目の具合を確認しようかと、そこへ向かってゆっくり移動した。
「どんくらい赤くなってんのか、水が目に沁みるとか結構やばいよな。」
姿見に掛かった布の端を右手で持ち上げ、ひょいと鏡を覗き込んだ。
「……ん?」
首を傾げる。白目の部分が赤くなっていて、それは予想通りだ。
「んん?」
それよりももっと、ずっと、気になる事がある。基本的な顔の作りは変わらないが、この丸みを帯びた柔らかな輪郭には覚えが無い。しかも気の所為か、前よりも小顔になっている。
膝を立てて、更に鏡を覆う布をめくり上げ上半身を映した。女性の様に細い首、細い肩幅、華奢な体。
「ぬわあっ、女になってる!いや、おっぱいはねえな…、」
そこは少し残念な気持ちで、着物の上から胸を探る。
「いやいや、ここにそんなもんが有ったら余計に複雑な気分だっつの!」
これが両性。その魔法の効果かと、常は着物の袖をたくし上げて筋肉を見た…見事に細く柔く頼りない。
「ああー、苦労して付けた筋肉がねえ!ただでさえ筋肉つき難い体質だっつのに、くそっ、この所為でへなちょこだったのか。」
漸く、原因が判った。目が見えなくなった時から疑問に感じていた数々の事が頭に浮かぶ。白獅子の背中で苦労した事から始まり、あの土砂崩れの場面まで。
「これじゃなぁ、もうどうすっかな…。足も筋肉ねえのかよ…、」
分かっているが念の為、着物の裾を開き脹脛を確認する。案の定に細く白い柔肌、手の平で撫でれば、すね毛など目視でも確認し辛いほどの滑らかさ。溜め息を吐きながら更に太腿を見た。
「……なんだこれ。紅丸の使い魔じゃねーか、」
紅色の蝶が右の太腿の内側に刻まれている。普通にしていれば、人目にはつき難い股に近い位置だ。生きた蝶が皮膚の上に留まっているかの様な精巧さに、思わず撫でてみる。
「おお?」
もっと強く擦ってみても落ちない。きっと、これが付けられたのはあの時だと思われる。あの夜の行為の時に…、
「恥ずっ!」
赤くなった頬を抑える。この紅蝶に何の意味が有るのかは判らない、しかし、紅丸の所有物だと言われている様でとんでもなく恥ずかしい。
手の平で顔を扇ぎ漸く頬の赤みが治る、変な汗をかきタオルでも借りれないかと鏡の隣の箪笥を見た。
「ハツさん、タオル借ります。」
一言断り、三段ある引き出しの一番上の段を開けた。男性物の着古した着物や襦袢に帯が入れられている。
「あ、亡くなった旦那さんの物か。」
その下の段を開ける、今度は若い女性用の着古した着物一式が収まっており、更にその下の段は子供用の古着の着物一式が詰まっていた。
「……。」
常はもう一つの箪笥を開けた。そこにはハツの普段使用している着物類が入っていて、目的のタオルや手縫いの日用品も見付けた。
「ちょいと拝借してっと、」
タオルと手縫いを取り出し、手縫いをぐっと締めながら左足首を補強していく。試しに軽く負荷をかけてみたが、さっきよりは随分と楽に感じた。男物の足袋を右足に履く。
「ふう…。これなら少しはいけっかな。」
そっと立ち上がり、そろそろと移動した。
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