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狸と狐の、ある交渉
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相乗り馬車で街にやって来たハツは、薬屋にも寄らずに慣れた足取りで古物屋を訪れた。此処へは、生活費を稼ぎによく通う常連である。
暖簾を潜ると、早速店の主人が気さくに声を掛けてきた。ハツの実入りの殆どは、この店によってもたらされる。
「ああ、ハツさん。また何か良いもんが漂着したかい?」
「そうさね、今回は一財産稼げる。あたしもやっと街に引っ越せるかもねぇ。先にこれを買って貰いたいんだけどね、」
大事に抱えて来た風呂敷を店主の前に据えてある台の上で解き、中身を見せた。
「ほう。これはこれは、上等の絹製の袍だ。」
「そうだろう。でもこれだけじゃない、このネックレスを見てごらんよ。」
洗って乾かしておいた紺色の袍の下から、薄桃色の美しい輝きの塊を取り出した。鎖すらも高価な物で、この宝石を飾るのに相応しい装飾を施されている。
店主は目を見張った、数多くの宝石を取り扱って来たが、このネックレスはとんでもない物だ。ハツがどれだけの知識を持っているか知らないが、店主は一芝居打つ事にした。
「んー。少し、よく見せて貰って良いかね。」
「ああ、手に取って良く見てみなよ。」
ハツは、この自分と同じくらいの年齢の男の反応が思ったよりも薄いので、少し不安になった。先ずは宝石を買い取って貰い、その後はまた別の交渉事、それこそ本題に入るつもりなのだ。
男が宝石の鑑定をする時に使う眼鏡を掛け、台座に収まる石を矯めつ眇めつ良く良くと見た。その様子を、ハツがじっと焦れながら見守る。
「うーん、」
「どうだい、凄いもんだろ。」
店主はわざと渋い顔をして、紺色の袍の上にネックレスを戻した。
「悪いけど、よく出来ちゃいるけどこりゃ偽もんだね。この袍の方が、よっぽど高価だ。如何するかい?あんたと私のよしみで、この服とセットならこのネックレスの買い取りも考えるがねえ、」
店主が芳しくない表情をする。ハツは自分でもネックレスを手に取り、改めてよく見た。自分の張りのない、ひび割れて痩せた手に乗せると全く美しく感じない。どこか滑稽で大仰な様で、如何にも偽物に見える。
あの色白のきめ細かい美肌でなければ映えないのか、あの肌の上にあればどんな偽物の宝石も素晴らしく輝くに違いない。溜め息を吐いてネックレスを袍の上に戻す。良く考えれば、そんな富裕層の人間が単身で川を流れて来るなどおかしな話だ。
「トキワがつけてた時は、さぞやと思ったもんだがねぇ…。旦那の言う通りセットで良いよ、なるべく高く買っておくれ。」
心中はしめしめと思うが、店主は決して顔には出さない。長年の腹芸は伊達ではない、ハツよりもかなり上手だ。
「トキワ?もしや、この衣装と宝石を着けた人間が流れて来たのかい?」
「そうなんだよ。あたしの本当の目的はそれさ、今回のは花街に打って付けの人間だよ。それこそ高く買って貰わないとねえ、」
そう言うと唇を歪めて笑む。ハツは、漂着物をこの古物屋に売る事を本職としている。中でも、生きた人間は最も稼げる。だからこそ川の側で暮らすのは止められないのだ。
勿論これは違法な取引であり、北国に比べれば東国は規制が厳しい。捕まれば、とうぶん太陽は拝めない。
「ほう。そんなに美貌の持ち主の女なのかい。」
「いいや、男さ。」
「男か…、」
花街では勿論男の需要もあるが、出来れば若い方が良い。店主はどの店に話を付けるかと、頭で考えながら腕を組んだ。
「しかし普通の男じゃないよ。」
「ふん?どう普通じゃないんだい。」
「両性なのさ、」
「へえ、そりゃあ…、」
二人はにやりと笑い合った。両性を持つ者は高値で取引される、それだけ珍しく需要もあるからだ。器量や歳に多少の問題が有ろうと、その値は中々のものだった。
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