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永い時を生き、己を知る
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棗は気丈にも泣かなかったし、誰も責めなかった。話を終えると箸を再び手に持ち、朝御飯の続きに取り掛かる。もぐもぐと、黙って焼き魚を咀嚼するのを見て、黒鉄も食事の続きに戻ったが心中は複雑だ。
感情が溢れるのを、その小さな身の内に留め堪えている事も分かっているが、いっそ責める言葉の一つも言ってくれればいいのにと思い、溜め息を吐いた。
「一緒に、常を探しに東国へ行ってみるか?」
棗に与えられた部屋に、黒鉄は一緒に居た。この屋敷には緑太と三人で残っている。他の者は、再び常を捜索する為に北部の川近くの村に向かった。
「…ううん。」
黒鉄の提案に首を振り、決心を固めた顔で言う。
「僕が行っても足手まといだと思うから、行かない。本当にトキワを見付けたいから、だからここにいる。もうすれ違ったりしないように、我慢して待つんだ。」
ああ、と漸く納得した。棗は黒鉄が思う程に子供ではない、もっとずっと分かっているのだ。泣いても常が戻る事はなく、誰を責めたところでこの事態が変わる事はない。だから、我慢して待つ道を選ぶ。
「無力で済まない。」
「ううん、謝らなくていいんだ。旅の最初の頃に黒鉄さんは、自分の事を万能じゃないって言ったでしょ。その時は分からなかったけど、今なら分かるんだ。出来る事が人間より多いから、僕は勘違いしてた。魔物だって感情もあるし、精一杯やっても思った通りの結果にならない事だって僕と同じ様にあるんだって、」
「棗、オレは…この永い時を過ごして、自分の無力さを知り嫌になる事がある。でも、こうして救われる事もまたあるのだと知った。」
そう言う黒鉄の瞳は、もう黒い闇の色だ。棗はその色が一番しっくりくるなと、こんな時なのにその闇に見惚れた。
常は川に沿って山へ向かい細い道を走る、走る。もう息は苦しく、ぜえぜえと荒い音がしていて上手く呼吸が出来ていない。それでも足を止めない、足首の痛みはとうに過ぎ感覚がなく引き摺るように進む。山に入れば潜む場所もたくさんあるだろう。
「止まれ!」
後ろを走っている男との距離が近い。男は足に覚えがあるようで、怪我をしている常は分が悪すぎた。声が思うより間近で聞こえ、振り返る余裕もなく袖を掴まれる。後ろに引かれ、前に進む為にあげた片足が浮く。
「あっ、」
ドタッ、ズザ、
「ったく、手間かけさせやがって!」
荒い息をする常を見下ろし、そう言う若い男の息も上がっている。草の上に横向きに倒れて咳き込む細い体に男がのしかかる。少し遅れて追いついた太めの男が、袂から紐と手縫いを取り出した。
「さっさと縛って運ぼうぜ、俺は腹が減った。」
「ああ、でも少しは時間あるだろ。」
若い男のその言葉に、太めの男は少しめくれた小豆色の着物の裾を見る。そこから覗く足が目を射る、東国のオークルの肌色とは違う白さ。張りのある肌は、草の緑に映え艶めかしい。
「両性なんざ、滅多に拝めないぜ。このまま花街に連れて行ったら、もう二度目はねえかもな。」
その言葉に紐を手にした男の気も変わった。常の擦りむいた手をまとめ手首を体の前で縛る。次に手拭いで猿轡をしようと、常の上半身を起こす。
「それは後で良いだろ。こんなところにゃ誰も来ねえよ、声が聞こえた方が楽しめんだろ。」
「ああ…そりゃそうか、」
足を撫でられ、常は全身に鳥肌が立つ。
「なっ、止めろ!」
男達の目的を知り、目蓋を閉じたまま、自由な足で男を蹴ろうとした。簡単にその足を捕らえ、目つきの鋭い若い男が思いっきり横面を張る。その衝撃で、常は口の中を切り目眩がして再び倒れ込む。淡い金髪が光を弾いて広がる。
男達は古物屋に雇われた運び屋で、抵抗するなら多少の乱暴も許されている。そして仕事さえ果たせば、味見した事がばれたところで咎める者はいない。店主も同様に、気に入れば味見をするつもりなのだ。要するに、危ない橋を渡る者同士、暗黙の了解が成り立っている。
「こっちの方へ運ぼうぜ、」
「そうだな、そっちの草むらが柔らかそうだ。」
男達は下卑た笑みを浮かべ頷き合うと、背の高い草が生え並ぶ土手へ抵抗出来ない常を運んだ。
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