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再会の後は、あの返事を
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「トキワ!」
「ナツメ!」
玄関先で、黒鉄と共にずっと待ち構えていた棗は、安堵とようやく会えた喜びに瞳を潤ませた。ぎゅっと、互いを抱き締め合う。
「トキワ、心配した。」
「うん、俺も。」
傍らに黙って立つ紅丸が、時間をかけ丁寧に運んでくれたので、常の体調は崩れずに済んだ。しかも、紫紺の豪勢な蝶柄の羽織を借りている。
「ところでさ、何だかすごく痩せたね。」
棗の顔が曇る。間近にある常の肌色と髪色、それから目の色については黒鉄に聞かされていた通りで、初めて目にする姿だったが予想していた分受け入れも容易い。しかし、背は変わらぬのに、その細く柔らかな体型の変化は予想外で、何かの病でも患っているのかと心配になる。
「あ!」
常は今更ながら自分の姿を見回して狼狽えた。棗を前にし、すっかり自分の容姿の事など失念していた。よくもこの姿を、常だと見做してくれたなと感心すらする。
「あの、ちょっと…魔法がかかってるんだ。」
「え、魔法?どんな?」
「え、えっと…、」
口ごもる常を見かねて、緑太が口を挟んだ。
「その話は常様の湯浴みを済ませてから、お二人でゆっくりと話されてはどうでしょうか。ここは玄関先ですし、他にも積もる話がおありでしょう。」
確かに常は、泥汚れや、綻んだ着物を着ていて湯浴みの必要がある。それに、いつの間にか二人を囲むように紫と赤月が立っていて、常の無事を喜んだ。
常が紫と赤月にも礼を述べる。紅丸はその後ろから、廊下の暗がりに浮かぶ白い姿を見た。視線が絡んだのは一瞬で、すっと逸れる。
「ほら、トキワお風呂に入って来て。」
棗に急かされて常が頷く。もう暗がりには誰も居なかった。
湯上りで通りかかった縁側で、夕暮れの庭を見て佇む白楊に気付いた常は、売られてしまったネックレスの事を丁寧に詫びた。この屋敷に向かう途中も、どう言おうかとずっと気になっていた事だった。
「ああ。お前の手を離れてしまったのなら、縁がなかったのであろう。」
あっさりと言う。常を見もせずに他人事だ。庭を見詰めるその横顔、薄桃色の瞳はあの宝石と同じ輝きを宿す。
「でも、あれは凄く高価な物だろ。」
「さて、さほどの物でもなかろう。」
今日の白楊は常に対してどこか素っ気なく、宝石を失くした事を責めもしない。辛辣な嫌味を受ける覚悟もしていたが、どこかに棘を忘れて来たのかその気配は全くなかった。
「お前にやった物だ、好きに扱うと良い。それとも、取り返して欲しいと願うのか。ならば、それを叶えてやろうか、」
ようやく目が合う。白楊の白銀の髪が白光りする袍の生地と混じる。今日は鈴の音がしない。
「…払える対価はないんだ。」
常は、用心して首を振った。ハツには騙されもしたが命を救われた事も事実で、あの宝石を売った金が恩返しになるのなら、それが常にとっては一番気楽な選択だ。
「ふっ、はっきりと申せ。あのネックレスは迷惑だったのであろう。」
「もし意味を知っていたら、あの場で丁寧に断った。」
「それが返事なのだな。」
常は、この屋敷に向かう間に知った事がある。魔物が宝石の付いた首飾りを渡すのは、意中の相手に限るのだと。
それを教えてくれたのは当然ながら紅丸で、間抜けな事にも常はそうとは知らずに、ネックレスを白楊から貰い、それを盗られて売られてしまった事を相談してしまったのだ。
「ごめん。俺は」
「言わずとも良い。」
言葉を遮り、白楊は笑んだ。どこか寂しく見えるのは、夕暮れの橙に染まる景色の所為か。
「お前は、この屋敷にて永い時を留める決心が出来たのであろう。」
「うん。」
「棗がもし、ここを離れる日が来るとて、それを追わずにいれるのであろうな?」
「それがナツメの意思なら、追わない。」
幾分か硬い声音。黒い瞳は、白楊の内面を探る様に見てくる。
「大丈夫だ、拐いなどせぬ。この屋敷の御方様になぞなれば、そうそう自由はなかろう。飽けば私を呼べ、西国の客人として迎えよう。」
「そん時は、紅丸と一緒に遊びに行く。」
「それで良い。」
白楊は満足気に頷くと、常の気付かぬ所からずっとこちらの様子を伺っている緑太を見る。その警戒を解かずにいる様子に苦笑し、足元から白獅子を出すとあっさりと中庭に降りた。
「緑太、私は屋敷へ帰る。また次の定期報告の時に来ると紅丸へ伝えておけ、」
その言葉を受け、緑太は縁側に姿を現した。
「緑太、居たのか、」
常はいつから居たのかと、相変わらずのかくれんぼの巧さに驚く。
「はい、お気をつけて。すぐ追う様にと赤月にも伝えて参ります、」
「ふん、あれには言わずとも良い。小言ばかりで煩わしい。少しばかり、この屋敷に止めておけ、」
それは、白楊なりの休暇を与える言葉だ。
「分かりました。責任を持って、止めておきましょう。」
「お前は、相変わらず従順でソツがない。赤月にも見習わせたいものだな。今度は、ゆっくりと西国に遊びに来るとよい。」
「有難うございます。機会がございましたら、是非に。」
緑太と常が並ぶ。草木や野花の茂る野趣の庭を奥へと進んで、高い囲いを飛び越える白獅子を見送った。
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