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常夏の国、南国
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「うわー、凄い!海ってこんな色なんだ!」
太陽は高く昇り、澄んだ海は遠くへ行く程に浅葱色が深まる。黒鉄と浮き輪を抱えた棗は、白い砂浜を南国の市場で買い求めた薄い半袖のシャツと海パンにサンダルを履いて歩く。
南国は噂通りにまだ夏日で、そのおかげで、街行く人は皆薄着でサンダル履きだった。
「しかしあの白楊が、よくオレが来るのを許す気になったもんだな。」
「うーん…よく分からないけど、トキワが話をしてくれたから。」
「ああ、成る程。」
棗は知らぬ事だが、白楊の常への気持ちを知っている黒鉄は納得した。きっと、常が丁寧に頼み込んだのだろう。その後ろには紅丸も付いているので無下には断れない、しかしそれを平然と断るのもまた白楊であるが、今回は謝罪のつもりかもしれない。
「何が成る程なの。トキワが言えば、白楊さんは頼みを聞いてくれるって事? 」
「まあ。今回だけかもしれんがな。」
棗はやはりよく分からずに首を傾げる。白楊の別荘へは着いたばかりで、まだろくろく荷解きもしていない。棗は早く泳いでみたくて、黒鉄を伴いプライベートビーチへ出て来ていた。白楊は今仕事中で、玄関へ迎えに出て来ていた赤月としか会っていない。
「黒鉄さん、早く早く!」
棗は早速シャツを脱ぎ、パラソルの下の椅子へ置いた。肌を火傷しない為のオイルを塗り、浮き輪へ胴体を通して、しっかりスタンバイして待つ。
黒鉄はその待ちきれない様子に苦笑して、シャツを脱いだ。そのたくましい体つきもさる事ながら、棗は別の事に驚く。
「背中に刺青がある。」
その広い背中の真ん中には、黒艶羽の鴉が飛ぶ姿が描かれている。オイルを塗る筋肉の動きに合わせて、大きく羽ばたいている様に見える。
「彫っている訳ではない、肌に宿している。これは使い魔で、ここから出て来るんだ。」
「えっ、…ああ、あの傘はここに入ってたんだ!」
黒鉄が羽織りやコートの下へ手を入れて、黒い番傘を取り出す姿を見ていた棗は合点がいった。
「そうだ。」
「わあ…凄いね。他の人の使い魔も、みんなこうして肌に宿っているの?」
「いいや、魔物によるな。オレはこの方が使い易いってだけの話だ。」
「そっかあ。…前から気になってたんだけど、魔物の人たちの見た目の年齢の違いって何なの?緑太さんは僕と同じくらいで、でも黒鉄さんはトキワよりも歳上に見える容姿だし、紅丸さんは二十歳過ぎくらいかなって、」
「ふむ。オレにもよく分からんが…そうだな、この見た目の違いはその魔物の性格によるところが大きいと思うな。適している年齢で体の成長が止まる。現に、オレの親父は二十歳にもいかない程の見た目だったから、オレと並べば兄弟だと思われた。」
棗は、よく考えれば当たり前の事だが、黒鉄にも親がいる事実に少し驚いた。常が妊娠している今、この魔物たちも人と同じく女の腹から生まれるのだと分かっている筈だったのに、想像出来ていなかった。
「黒鉄さんのお父さんか、会ってみたいな。」
「もう随分と昔に死んだ。オレが親父の見た目の年齢を越した頃だったか、その頃はすでに共に暮らしてなどいなかったから遺書代わりの手紙を読んだが、惚れた女の後を追って自殺したらしい。まあ、それがオレの母親なんだが…互いに本望だろう。」
魔物は死んだら消え行く。何の痕跡も残りはしない。寧ろ、黒鉄が人に紛れて当時住んでいた住所へ、わざわざ手紙を送って来た事に驚く。案外、父親は父親なにり息子を心配していたのか。あまり親子らしい親子でもなかった筈だった。
「余計な事を聞いてしまって、ごめんなさい。」
「いいや、気にするな。昔の話だ。」
永く生きるのは、それだけたくさんの別れを経験するという事でもある。魔物の感情が希薄なのは、その性質故かもしれない。
「僕もトキワも、不老長寿の果ての地にいれば永く生きるんでしょう。僕はもう成長しないのかな、」
「ふむ、…人間があの地で暮らしているのを見た事がないから断言は出来んが、しかし常は若返っている。確かなのは、あの地は魔の質があって、そこに住む者を魔に近付ける。」
「じゃあ、僕は成長するかもしれない?」
「ああ、お前はきっと成長するだろう。さて、常はどこまで若返って行くのか、そのうち常を追い越す。」
「そっか…、そしたら僕は恩返しが出来るかな。もっと成長して、トキワの力になる事が出来れば良いな。」
大きな手の平が赤茶色の髪を撫でる。その気持ちがあれば大丈夫だと、請け負い頷く。棗は晴れやかな笑顔を見せて、パラソルの下から出た。
「泳ぎを教えて!泳げるようになったら、僕がトキワに教えてあげるんだ。」
「よし、じゃあ行くか。」
黒鉄が棗の横に並ぶ。波打ち際へ向かって二人は駆け出した。
「おや、さすが棗様。黒鉄様も楽し気になされてます。まだ子供でいらっしゃるせいか、無邪気で可愛らしい方ですね。」
「ふん、そんなところでサボらずに早く茶を淹れて来い赤月。」
開け放したバルコニーから潮風が入り、極薄い上等のレースのカーテンは柔く軽く、風に吹かれ生き物のように揺れる。赤月がそのカーテンの向こうで、机に向かって羽ペンを走らせる主人へ軽く頭を下げた。
「かしこまりました。」
主人は南国でも、冷たい飲み物は好まない。ハーブティーを少し冷まして出すのが正解だ。南国ならではのハーブもあるので、その地に合ったものを中心としたフレーバーを考える。肉体と精神の疲労回復、目の疲れ、美肌効果、この三つを抑えるかと決めた。
「甘みがあるものが良い。」
「はい。」
おや、これは相当に疲れているなと頷く。あまり甘い物を好まない主人が、それを欲するのは珍しい。しかもわざわざ告げる程だ。
気難しい故に扱い辛い面もあるが、食に関しては宝石とハーブティーがあれば文句を言わない。
「下の二人にも、何か冷たいものを用意してやれ。この日射しではきつかろう。」
「はい。早速用意して参ります。」
これは随分と弱っている。白銀の髪が絹糸のように一本一本風に煽られて、それを億劫そうに白い指が捕まえ耳へかけた。
赤月は静かにバルコニーのガラス戸を閉じ、空調の温度を確認してから頭を下げて部屋を出る。
「仕事がはかどってるのは感心だけど、やっぱり初恋は引き摺るもんかな。」
やれやれと、長袖シャツに麻の黒いベストと涼し気な青いネクタイを合わせた赤月は、二階建ての広い別荘の廊下を歩く。下の二人には、冷たいソーダ水と南国の果物を用意して持って行くかとキッチンへ向かった。
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