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夏の浜には、魔物がいる
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棗の肌色がすっかり褐色になり、南国の人々に紛れるようになった頃には、すっかり泳ぎも達者になった。
「ふむ。もうオレの教えなどなくとも十分だな。」
「本当?トキワに教えてあげれるかな、」
「ああ。」
相変わらずプライベートビーチには二人で出ている。黒鉄は紅丸や白楊とは違い、もともとオークルの肌色をしている。棗と共にいても、日に焼ける事はなく肌色は一向に変化しないが、しかし律儀に赤月に勧められた火傷防止のオイルを塗る。人と同じく魔物も火傷を負う、それをいちいち治すのも面倒だという事だった。
白楊は泳ぐ気がないのか、日が沈み闇に包まれた浜辺に立ち静かな海を眺めるだけだ。赤月は主人が働いているのに泳ぐ訳にもいかないだろう。たまに二人に休憩を促し、飲み物や食べ物を差し入れて、眩しそうに海を眺める。今もそうだった。
「赤月さん、泳ぎたいのなら僕から白楊さんに、少し休憩を貰えないかお願いしてきましょうか。」
「いいえ、私はあまり泳ぎが得意ではないのです。猫なので。」
「え?猫?」
棗は大きなパラソルの影の椅子に座って、ココナツジュースを飲みながら首を傾げた。グラスには南国のカットフルーツが沈んでいる。黒鉄は椅子を倒して横になり、大好きな昼寝を始めた。
「使い魔の話ですよ。」
傍に立つ赤月は、いつもの笑顔を崩さない。しかし、棗を見て瞳を開いた。淡い灰色がかった青、眩しいからか瞳孔は極細く縦長にあるだけだ。それは、猫の目だった。
「猫…、」
「はい。私の体は使い魔との共有なのです。」
そう言って、また笑顔に戻す。棗は、魔物とは多才であると感心した。ココナツジュースを小さなテーブルに置き、赤月の隣に立つ。
「凄いですね。あの、失礼な質問だったらすみません。尻尾や耳も生えるんですか?」
「ふふ、見たいんですか?」
赤月が笑顔のまま首を傾げる。棗よりも高い位置にある顔は他の魔物と同じく整い、日焼け知らずの肌は白い。赤い髪はきっちりと撫で付けられていて、隙がない青年だ。
棗は見たいと無邪気に頼むのは、なんだか気後れがした。何故か踏み込むのを躊躇わせる。笑顔は間違いなく優しげで、冷たい態度でもないのに、隠してる本質が怖いのかもしれない。特に、今はその気配が濃い。
「本当は見たいけれど、きっと失礼なお願いなので止めておきます。」
「ええ。私の尻尾を見たいのなら、裸になる必要があるのでその気のない方には頷けません。」
ふっと空気が緩まった。その気、それが何かが薄々わかり、うかつに頼まずに良かったと胸を撫で下ろした。赤月はいつも秘書の顔に戻る。本当に人間が好きな、ただの人の良さそうな笑顔。
「黒鉄様、大丈夫ですよ。頼まれても、私も早々頷きは致しません。」
棗がその言葉に驚き、寝ている筈の黒鉄を振り返る。ばっちり目が会う。
「黒鉄さん、起きてたんだ。」
「まあな。いざとなれば止めようと思ってなあ。赤月は猫だから、少々用心がいるんだ。」
「では失礼致します。」
赤月は黒鉄の言葉には素知らぬ顔で、二人に頭を下げて建物へ戻る。棗はその後ろ姿をぼんやりと見送った。あの主人にして、あの秘書なのだと。
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