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貝に運ばれし、夏の夜の夢
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緑太はある夏の夜に夢を見た。ゆっくりと目蓋を開けば、まだ夜明け前の暗い闇に辺りは包まれ、虫の音さえ止み静まり返っている。最近は常と棗に合わせ、果ての屋敷の魔物も夜間に眠りに着く。
「夢…、」
乳白色の貝は素敵な夢を運んでくる。
子供騙しの可愛らしい話を語る棗を見ていると、それが例え露店商の口八丁でも良いのだと夢を求めて枕元に忍ばせた三連星は、いつものように闇の中で白く浮いている。緑太はそのつるりとした表を撫でた。
棗は入学試験へ向かう為に、余裕を持って一週間前には果ての屋敷を出る事になった。黒鉄の送迎となるのだが、白楊は二人を西国の屋敷へ泊める事を請け負った。あの別荘への招待から、黒鉄に対するあたりのキツさは少し和らいでいる。
「棗様、入学試験の日はこれをお持ちになって下さい。」
そう言って、見送りに出た緑太が大粒の真珠を一つ渡した。常が、棗の手の平に乗ったそれを不思議そうに眺めて緑太に聞く。
「この真珠持ってると、すらすら問題が解けるとか?」
「いいえ、これを欲しいと言った者にあげて下さい。」
「へ?人にあげちゃうのか、」
「え、欲しいって言った人に?」
その意外な言葉に、常も棗も同時に首を傾げて緑太を見た。
「ええ。財布にでも入れておいて下さい。人に見せる必要はありません、ただ持っていれば良いのです。試験に集中して欲しいので、この真珠の存在なんて忘れてしまって構いませんから。」
益々不思議だ。棗はよく分からないながらも緑太の言う事なので、頷いて早速財布の中へしまった。後は、試験当日に忘れずに財布を持って行けば良いという訳だ。
「何だかよく分からないけど、ちゃんと失くさないように気を付けるね。行ってきます。」
爽やかな朝日を浴びて、玄関の外で紅丸と話していた黒鉄は、持っていた番傘をバサリと広げた。
「おう、行くか。」
「うん。」
こうして、棗と黒鉄は西国に向けて旅立った。空に上がる黒い番傘、その下に棗を抱いた黒鉄がぶら下がる。その姿が小さくなるまで、常は晴れた夏の空を眩しそうに見上げていた。
「そろそろ中へ入ろう、」
紅丸に促されて、常は大きくなったお腹を抱えるようにしてゆっくりと歩く。背中に添えられた大きな手の平は、夏でも冷んやりとしていて気持ちが良い。
「あっ。紅丸、腹の中で動いたぞ。ほら、この辺に足がある。今起きたのかもな、」
常が廊下で足を止める。突っぱねるように中から張られ、ぽこりと腹の上側が動いた。薄い絽の着物の上から、常の手が紅丸の手の平を掴んで導く。ほらな、とそこを触らせて笑う。
「良く動いているな。あまり常に迷惑をかけるなよ、お前。」
「ぶっ、あははっ。赤ちゃんなんて迷惑をかけてなんぼだろ。泣くのが仕事なんて言うんだから。」
「そうか?そんなものか、」
紅丸は、楽しそうな常の隣で真顔だ。後一月半ほどで、この世に出て来るというのもピンとは来ない。それが、かつての自分も同じであったなんて事も想像し辛い。
「紅丸は相変わらずだなあ。どんな子なのか会うのが楽しみだ。紅丸に似るといいな、きっとすごく可愛いだろう。」
「俺は、お前に似るのが良い。」
ふふっとくすぐったそうに笑う姿が愛しくて、紅丸はその細い肩を抱き寄せた。その途端に、かんざしで結い上げたうなじから牡丹の香りがふわりと漂う。
「ああ、俺の花。」
「じゃあ、紅丸は俺の蝶だな。」
花に蝶。違いないと、紅丸は頷いた。
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