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必然にして、廻る
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棗は三階にある、常が以前泊まった部屋を与えられた。眺めの一番良い客室だという理由からだ。黒鉄も、隣の客室を借りている。
湖の見える窓を開け窓枠に頬杖を付くと、夜風を感じながら何処からともなく聞こえる虫の音に耳を傾ける。その手の中には例のネックレスがあった。
「お父さん…か、」
午後の白昼夢。黒い影。気配も薄く、ひっそりと人に紛れたその姿を思い浮かべる。黒鉄と似ているのは肌の色と、髪の色だけだった。
あの後、事情の分からない黒鉄の手を引いて道を進んだが見付ける事は叶わなかった。
「如何したんだ。」
黒鉄は馬車乗り場への道を並んで歩きながら、ようやく棗の説明を聞く事が出来た。
「成る程。生きていたか、」
顎を撫で、あっさりと頷く。棗の方がよほど驚いたし、あの不思議な存在に心を奪われている。
「ねえ、遺書を読んだんでしょ。何て書いてあったの、」
「ああ…確か、愛しい者を追い旅へ出ると。それで、すっかり死を選んだんだと思ったんだがなぁ、」
「そうか、それで勘違いを…。きっと、お母さんの魂の入った真珠を探して旅に出るって言いたかったんだ。でも、如何してそんな真珠の存在を知っているんだろう。」
「ああ、あれはそういう魔物だ。使い魔を持たない代わりに占いや祓いをする。しかも、よく当たるんだ。きっと何かを見たんだろう。」
「じゃあ、今日の出会いは必然だったって事か…、」
「だろうな。」
黒鉄の口振りは、何の懐かしみも肉親への愛着も無い。まるで他人の話をするようだ。
しかし棗とて、本当の親を探す気持ちなど皆目無いので、その希薄さが少しだけ理解出来る気もした。
それで結局、棗はネックレスの事を相談し損ねて今に至る。
「如何しよう。こんなネックレス預かったままなんて。でもこれ、人の身に余るとか何とか言ってただろ。それって何、呪い?」
やはり、早目に黒鉄へ相談するべきだろう。何だか気になり、ネックレスを明かりに照らして見る。その薄桃色には陰気な気配は無い。ただ美しく、妖しく、心を奪う。それは、あの夜の海辺で見た瞳に似ている。
「そうだ、白楊さん。」
彼は、深く考えなくてもいいと言った。ならば直感に従うまでだ。
夜に部屋を訪ねるのは失礼だと思い、明日にでも会えるように赤月へ頼もうと決める。そうでもしないと、忙しい白楊とは同じ屋敷に居ても中々会えない。もしかしたら、黒鉄と行動を共にする事が多いので避けられているのか。
合格発表を五日後に控え、試験会場に張り出される合否を確認してから西国を発つ予定だ。
「それまでに会わないと。…うん、あの湖の近くへも行ってみたい。」
明日は早く起き、出来ればパンを用意して庭の散策をしてみようと、暗い湖面を眺めて窓を閉める。ようやくネックレスの問題も落ち着き、試験で余程疲れていたのか、ベッドへ入ると直ぐに寝てしまった。
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