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それ人間に試してはダメ、絶対
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出産からそろそろ一カ月。常は、赤ちゃんの泣く声で目を覚ました。
はっとして寝ぼけ眼で布団を探り、隣に寝ている小さな体を撫でる。一度オムツが濡れてないのを確認してから、ぼんやりしたままふらふらと身を起こす。
「うー…せい…らん、ちょい…待ってろ、」
早朝、まだ日の出たばかりの薄暗い中をごそごそと布団から這い出す。元々男の身なので母乳など出ない。部屋に用意してある粉ミルクを作ろうとした。
「良い常。寝てろ、」
紅丸の声がして、ああ助かると、心底感謝して布団に戻り半分畳に乗ったまま、崩れる様にしてうつ伏せに寝転ぶ。日々の寝不足がたたり、朦朧としている。
赤ちゃんというのは、想像以上に手がかかる。腹が空いたら泣き、オムツが濡れたら泣き、何だか分からないが泣くので抱くと寝るというふうで、ただ眠いだけでも泣くのだ。
「そら、これを食え。」
そう言う声が聞こえ、青藍がピタリと泣き止んだのに安心して、はあ?と意識を手放そうとした常は違和感に目を覚ました。紅丸はミルクを作る気配などなかった、なのに何故泣き止んだのか。
「…ちょい待て、…食え?飲めじゃなくて?」
ガバッと上腕で体を支えて隣を見ると、青藍の横に身を屈めた紅丸が小さな口から指を抜いた。青藍はミルクを吸う時の様に、口をすぼめて動かしている。何かがその口内に有るのだ。
「うわぁぁ、何をやったんだ、」
慌てて青藍の口を開けようとするが、意外な強い力で閉じていて開くのは難しい。
「宝石だ、」
「はあ?ッダメ、それ駄目なやつ!死ぬって、窒息するって!おい青藍、口を開けろ!」
パニックになる常をよそに、紅丸は平然としたものだ。
「大丈夫だ。お前があんまりにもキツそうだから黒鉄に聞いたら、宝石を突っ込んどくと何とかなると言ってたぞ。元々、魔物は母親が居らぬ事が多い。人間の赤子とは違い、放って置いても割と大丈夫だそうだ。」
「うっそだろ…、そんな事したら駄目だって、泣いて不満を訴えるぞ。」
「あれは、お前に甘えているのだろう。」
昨日、黒鉄はふらりと果ての屋敷へ一時的に帰って来ていた。今日もまだ居る筈なので、その独特な育児法は後で良く確認しておくとして、どうも紅丸だけの話では心許ない。彼は、首の座ってない赤ちゃんを平然と立て抱きにしようとしたり、コップでミルクを飲ませようとする、恐ろしいど素人なのだ。
「ほら、青藍も喜んでいる。」
「本当だ…、」
顔色も機嫌も良い。粉ミルクの時よりも、よっぽど満たされた顔でうとうとと、既に眠りに着こうとしている。
「何だよ…粉ミルク作るの頑張ったのに…、」
何だか遣る瀬無い気持ちでまた突っ伏す。そのぐでっとした体をひょいと持ち上げられて、きちんと布団に入れられた。青藍と常の間に紅丸が入り込む。
「泣いたら面倒見ておくから、お前は寝てろ。分からぬ時は緑太か黒鉄でも呼ぶ。ずっとまともに寝てないだろう、疲れた顔をしている。」
目の下のクマをそっと撫でる指先は、日頃の感謝や労いや、愛おしみに溢れている。
「うう、紅丸ぅ有難う…、」
何だか泣けてくる。紅丸一人に青藍の面倒を任せるのは甚だ不安だが、こうして優しい気遣いをして貰えるのは有難い事だ。
冷んやりとした胸に額を寄せて目を閉じる、ぽん、ぽん、ぽん、と覚えたてのリズムで不器用に常の背中をあやすのに微笑む。幸せを感じて、あっという間に眠りに落ちた。
久し振りに深く眠った常は、すっきりとした気分で目覚めた。
ぐうーっと伸びをして体を起こせば、隣に居る筈の紅丸と青藍の姿が無い。時計を見れば、午前十時になろうとしている。
「え、紅丸…どこ行ったんだ。」
心配になり、慌てて牡丹の間を出る。とりあえず茶の間へ向かう。黒鉄と緑太が居れば、最悪の事態はきっと防げると信じたい。信じたいが彼らも魔物なので、きっと人間には分からない理解の下で行動するのだろう。
「うう、何か怖え。悪気とか無いから余計にさ、得体の知れない不安感が…親になるって大変過ぎるわ。いや、この状況が特殊なのか、俺が心配性なのか。」
青藍、死ぬなよ!心で念じ、急ぎ足で茶の間へ進み、勢い良く障子を開けた。予想外の事に思わず立ち止まる。
「え、あ、あれ?」
「ああ、起きたのか。まだ寝ていて良いぞ。」
紅丸が驚き顔の常を見て優しく言う。そう言って貰えるのは嬉しいが、黒鉄とチェスで対戦しているその側には青藍の姿が無い。
「トキワ、大丈夫?育児疲れって聞いたけど、」
何故か棗が居る。隣に白獅子が寝そべっていて、その柔らかなたてがみの中に小さな頭と手が出ているのが見えた。寝心地がいいのかすやすやと、毛を布団代わりに寝ている。
「ナツメ…。えと、どうしてここに?」
「今日から三日間連休だから、白楊さんから白獅子を借りて乗せて貰ったんだ。赤ちゃん見たかったし、黒鉄さんもこっちに帰るって聞いてたから。僕に協力出来る事は言ってね。」
「そっかあ、びっくりした。夢を見てるのかと思った。白獅子も有難う。ごめんな子守りさせてたみたいで。」
丁度、奥の襖を開けて入って来た緑太が、盆に乗せた薬湯を座卓へ置いた。
「常様、お早うございます。疲れに効く薬湯の準備が出来ておりますよ。さあ、お座り下さい。朝食の準備もして参りますね。」
「ああ、緑太有難う。」
色々と失礼な想像をしてしまってごめんと、反省した常はようやく障子を閉じて棗の隣に座った。常が思うよりもみんなは常を案じているし、子育ても協力すれば何とかなるものなのだ。少し肩の荷が降りる。
棗の学校の事、西国の屋敷の事、子育ての事、話す事は尽きない。久し振りに、常は心に余裕が出て来て安らかな気持ちになれた。
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