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楽しいこと、楽しくないこと
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リンドウは母子家庭育ちで、学校とは縁のない生活をしていたが、母親の再婚により経済的な余裕が出来た事でその才能が見出された。学問に関しては西国の小学、中学もそれぞれ入学一年で卒業している神童だった。
「ねえ、ナツメ。この実は何?朝来る時に沢山なってたから採ってきたんだ。」
「ああ、これはサンシュユだ。食べれるけど、少し渋味があるし酸っぱいよ。止血や解熱効果がある。」
もう初冬。リンドウはナツメの薬学の知識が珍しく、たまに通学路で摘んできた植物を持って質問する。初めて話した日から一ヶ月程、二人はまるで兄弟の様に仲が近くなり、秀才のリンドウの注目度と合わせて成績優秀なナツメのコンビは大学の中でも目立った。
「へえ。相変わらず凄いな。」
そう言って、ひょいと口の中へ赤い実を入れる。噛み締めて、表情と肩をぎゅっと竦めた。
「う、酸っぱいし渋い…でも甘味もある。」
「うん。」
棗はリンドウの子供らしい好奇心を懐かしんだ。かつては自分もそうだった、食べれる薬草は何でも口にして確かめ、時には常と一緒に感想を言い合ったりもした。
「ナツメはこの学校を卒業したら、薬屋でも始めるつもりなのか?」
「ううん、僕は…今お世話になっている知り合いの会社で働く予定なんだ。」
「ふうん…、」
物憂げな返事、棗自身も物思いにしばし囚われた。
「…ええと、リンドウは?」
「俺は、…父親の仕事や会社に興味があるんだ。」
「そっか、校長が惜しむだろうね。大学の講師になってほしいって言ってたんだろ。」
「ああ…それは楽しくなさそうだから断った。」
「ふふ、楽しいか楽しくないか…それで決めちゃうの。」
「まあね。ここにだって、来たくて通ってる訳じゃない。」
リンドウは子供らしくない顔をしたが、それを直ぐに引っ込めて棗を見て微笑んだ。
「でも、ナツメが居るから今は毎日楽しいんだ。」
「そう、役に立てて良かった。」
まだ子供なのだと頷く。楽しいかどうか、それだけで物事を判断するなど今の棗には出来ない。
好きになった相手は魔物で、しかも強く、商才まである。今は辛うじて生き永らえている状態で、早く大人になり隣に立たなければと、そんな焦りが募るばかりだった。
「棗様、今度の冬休みは南国へ行かれますか、それとも果ての屋敷へ帰省されますか。」
夕食を運んでくれた赤月に問われ、もうそんな時期だとカレンダーを見た。数日後には三週間の冬休みに入り、そのまま新年を迎えて、年明けに学校が再開される。それに合わせ白楊と赤月は南国の別荘へ旅立つので、大学生になってからは棗も同行していた。
「あの…少し、返事を待って貰っても良いですか。」
「ええ。」
今年は、直ぐに行くと言えない。気持ちは複雑で、黒鉄に相談してから決めようと思った。彼が付き合ってくれるのなら、寒い地を逃れて常夏の国へ行くのは悪くない。
「黒鉄さんと連絡を取りたいのですが、」
「黒鉄様なら、今は果ての屋敷にはおられません。しばらく旅に出られると聞いております。」
緑太からの情報なので、それは確かな話だ。赤月は、棗の迷いを分かっているので少し気の毒にも思えた。
「常様に連絡を取りましょうか、」
「…いいえ、やはり南国の別荘へ同行します。」
常には、この気持ちを打ち明けていない。彼は親でもあり、兄でもあり、唯一の家族だった。でも今は、新たな家族を守る役目を負っている。
青藍は二歳、まだまだ手の掛かるやんちゃ盛りで育児に追われる毎日だろう。棗には遠慮があった。
「そうですか、では白楊様にも伝えておきます。」
「はい。」
もしかしたら、南国の別荘を訪れるのも最後かもしれない。海で泳ぐのは好きだし、きっとこの鬱々とした気持ちも彼の地ならば晴れるだろう。そう期待して、棗は決心した。
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