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明、暗
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常と紅丸が青藍を連れて西国に着いてからも、棗の意識は戻らぬまま新年が明けた。三階の階段から落下した事故だと、常は説明を受けている。
果ての屋敷へは緑太が一人で残っているが、紅丸が時折行き来をしている。果ての屋敷の主が長く留守のままでは、不都合が有るからだった。そして今も、一時帰省している。
「あ…確か大学は今日からじゃなかったか?暫く休学届けを出した方が良いよな。」
棗の様子を伺いに来た白楊と赤月を迎え、青藍を抱いた常がようやくそこに気付いて言う。今まで、学校の事まで気が回らずにいた。
今は一階の広い客室に寝かされている棗の看病を兼ね、その続き部屋に常が紅丸と青藍を伴い泊まり込んでいる。
「それでしたら、大学側には既に連絡をしてます。頭を打っている事も有りますので、意識が戻られても暫く安静が必要ですから。」
赤月が、何も心配要らないと穏やかに告げる。常には、口裏を合わせ本当の事を隠しているので、嘘が苦手な白楊よりは赤月の方が適任だった。
「そっか、本当なら俺が色々やるべきなのに、赤月に任せてばかりだな。」
「いいえ。寧ろお預かりしている立場ですのに、この度の事はこちらの力不足で申し訳御座いません。」
「いや、それはしょうがないだろ。事故なんて防ぎようもない。寧ろ、白楊が居なかったら助からなかったと思うんだ。だから、二人共ありがとう。」
白楊の顔が少し強張るのを赤月は見逃さなかった、すっと前に出て常の視界から隠す。
常には悪意あっての言葉ではない。白楊の妖力が弱まり滅びに向かっていた事すらも周囲より隠されていた為に、この一連の経緯を全く知らないのだ。
「常様、青藍様と少し庭で遊ばれては如何でしょう。ここには私と白楊様が付いておりますので。」
「そうだな。青藍、庭で少し遊ぼうか。ボール持って行こうな、向こうの部屋に有るから取っておいで。」
「うん。」
最近のお気に入りの柔らかな青いボールを取りに、トテトテと続き部屋へ青藍が駆けて行く。
「あのさ…もしあと一週間経っても意識が戻らない様なら、果ての屋敷へ移そうかとも思ってるんだ。紅丸に聞いたら、体の中には何の傷も残って無いから運べるってさ。」
「そうですか…、」
家族である常が決めた事であれば、それには反対する権利が無い。赤月は白楊が気になったが、背後にいる為に表情は分からなかった。
「ときわ、いこう。」
青藍が自分の頭と同じ大きさのボールを抱いて、側に寄ると手を取った。最近は、常がいつもよりも元気が無い事や、周りの空気を感じて大人しくしている事が多いが、こうして声を掛けて貰えると嬉しくて笑顔が輝く。
「うん。じゃあ、ちょっと庭借りる。」
「はい。ゆっくりして来て下さい。」
天気の良い、長閑な昼下がり。二人が庭に続く大きな窓を開けて出て行く、ふわりと薄いカーテンが風を含んで膨らむ。
常と青藍の楽しげな声が聞こえて来るのに、赤月は微笑んだ。西国の屋敷には普段縁の無い、賑やかで和やかな様子だ。白楊が窓に寄り膨らんだカーテンを抑え、外の二人を見る。白銀の髪が光を浴びてきらきらと輝く、切らずに放って置いた髪はもう随分長くなっていた。
「赤月、茶を飲みたい。」
「はい。」
赤月は白楊の事が気になったが、外に向ける瞳は静かなものだった。もう、常の事で心を囚われてはいない。
部屋を出る足音が遠去かる。ボールを遠くへ飛ばしたのか、外からの声も遠去かった。
白楊は窓を離れて棗の元へ向かうとベッドへ腰掛けて、意識の無い手を握り甲に額を付けて目を閉じる。外の明るさとは違い、この部屋はあまりにも暗く感じた。
「済まぬ、」
後悔など、どれ程しただろうか。もう生きる資格など無くても、生かされた命を捨てる事は出来ない。
閉ざされた目蓋から、涙が滑り落ちる。白磁の頬を流れ、ベッドの上へぽろぽろと転がる。それは透明の小さな宝石だった。
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