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そこにある、想い
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「少しは反省したか。」
「うん。」
緑太が調合した薬草の粉末を飲んで少し休んだお陰で、棗は随分と体のぎこちなさが取れ会話も以前と変わらず出来る様になった。
黒鉄に叱られ、常のみならず周りにとても心配を掛けてしまった事を反省しているが、しかし白楊の命を永らえる事が出来た事は本望だった。
「お前が大変な時に側に居なくて悪かった。」
慣れ親しんだ頭を撫でる大きな手の平が去るのを目で追い、棗は首を振った。
「ううん。僕が勝手にした事だから、黒鉄さんにも心配掛けてごめんなさい。」
「それなんだが、常には階段から落ちた事で口裏を合わせてある。お前がやった事を知られてはまずい。」
寝ている棗に付き添っていた常と青藍を、今は紅丸が連れ出してくれている。その間に、黒鉄にはこの件を二人きりで話し合う必要が有った。
「…そっか。トキワがもし、僕と同じ選択をしたくなる日が来たらって事か、」
「そうだ。絶対に常には言うなよ、これは紅丸の意志でもある。お前は白楊を救い満足しただろうが、救われた本人はどう思うか…。そこは白楊と良く話してみろ。」
「…うん、」
棗の表情に陰りが差す。漸く、自分勝手が過ぎた行動だったのかもしれないと思い当たった。白楊が、この行為を迷惑だと感じているならば、ただの自己満足に過ぎない。
「白楊さんを呼んでくれる?二人きりで話させて。」
「分かった。オレは暫くこの屋敷に泊まるから、いつでも呼べ。」
「有難う。」
黒鉄の黒い着物に包まれた広い背中は、時には叱りもするが相変わらず棗に優しい。それに感謝をして、白楊が入って来るのを待つ。
間も無くして、扉をノックする音がした。
「白楊さん。」
「薬湯が効いておるな。顔色が良くなった。」
側に寄って来る紫色の袍を纏った姿は、目覚めた時に見た通り美しい。
先程まで黒鉄が座っていたベッドの側にある椅子に座る動作で、白銀の髪がさらりと肩を滑り、淡い室内灯に照らされきらきらと零れる。しばし見惚れ、ハッとして返事をした。
「ええ、お陰様で楽になりました。あの…、」
どう切り出すべきか迷いながら口ごもる。知りたいのは、あの血を垂らし込んだ時に言おうとしていた言葉の続きと、その行為をどう思っているかという事だ。
「先程、私の気持ちを包み隠さずに話せと黒鉄に言われた。」
「僕も、…知りたい事があります。あの時に、何を言おうとしていたんですか。ずっと気になっていたんです。」
「棗、私はお前にこそ生きていて欲しいと、そう伝えたかった。」
あの場でそれを言ったところで、棗はもう心臓を突いていた。今、改めて棗に聞かせるなど本当は避けたい事だ。
棗は白楊の様子に言葉を失う。やはりあの行為は自己満足でしかなかった。
「他の命と引き替えにしてまで、我が身を救われる事程の苦痛はない。もう、私の為には二度とせぬと誓いを立てて貰えぬか、」
震える細い指先が握り締めた右手の拳を覆う。何かに耐える表情の裏には、あの日の血塗られた棗の姿が有る。
「はい、…済みませんでした。決して、二度とはしません。」
棗は頭を下げて謝り、じっと静かに待つ。ようやく指先の震えが治り、落ち着きを取り戻した白楊が話し始めた。
「あの時は、共に仕事をする時間はさほど残ってない事は分かっておった。大学に入った頃より、お前には私の会社を全て譲る用意がある。お前は優秀だ、赤月がおれば何とかなろうと期待した。」
「そんな、貴方が居ないのにどうしろというんです。」
「赤月もまた優秀な奴よ。私など、ただの飾りに過ぎぬ。」
そう言って少し笑う。そんな事は無い筈だと、棗には分かっている。
「でも、貴方も僕も結果として生きている。大学を卒業するまで後少しです、貴方と共に仕事をしたい。もし仮に譲って下さるとしても、それはまだまだ先の話です。」
「…そうだの。まだ暫くは働かねばならぬという事か。体に障るだろう、私はもう部屋を出よう。」
「白楊さん、」
椅子を立とうとしたところを呼び止められる。棗の瞳は真剣で、真っ直ぐに白楊と目を合わせてくる。
「結局、僕の気持ちは迷惑だったのでしょうか。」
「…済まぬ。元より、私はあまり人間は好かぬのだ。その気性は好ましくは思うが、お前の気持ちとは同等とは言えぬ。」
白楊の視線が握り締めた右の拳に逸れるのを切なく見た。中に何かを握っているのだと、部屋に入って来た時から気になっていた。
「そう…ですか。僕はふられてしまったんですね。」
白楊は迷い、悩みながらも結局は右手の拳を開いた。薄桃色の宝石が輝くネックレスを棗へ差し出す。
「これをやろう。お前が私に渡したネックレスに、新たに宝石をはめた物だ。売ろうと、捨てようと、壊そうとも好きにして良い。」
確かに、棗が黒鉄の父親から託されて白楊に返したネックレスであり、あの宝石は白楊の中に取り込まれた。だから、その言葉を疑いはしなかった。
「でも、これはとても高価な物でしょう。」
「良いのだ。」
奇しくも、凄く高価な物だろうと、かつて失くした事を謝って来た者があったと、白楊はそれを思い出して笑みを浮かべる。もう、随分と昔の事の様に感じた。それ程に、心の距離はその想いからは遠ざかったのだろう。
「いずれ、お前に渡せたら良いと思うておった。」
「有難うございます。絶対に、大切にしますから。」
棗が受け取るのを見て、今度こそ椅子から立ち上がる。早く部屋を出てしまわなければと、震える右手を左手で抑えた。白楊は嘘が苦手なのだ。
いつか、棗が首飾りの意味に気が付く時が来れば良いと思う側から、気付かずにいて欲しいとも思う。
「おやすみなさい。」
棗がネックレスを手にしたまま、挨拶する間に扉は閉まった。
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