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選択の経緯、結果
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黒鉄が屋敷の方角をちらりと見たのに気付き、棗はつられてそちらを見た。冬は日が暮れるのが早い、忍び寄る日暮れの寒さに押され屋敷へ戻る道程の途中だ。
学校帰りの竜胆からはノートを受け取る約束をしている、もしかしたらそろそろ来る時間かもしれない。
「黒鉄さん。もしかして、リンドウが着いた?」
黒鉄は首を振ると、樹の奥を指差した。
「…栗鼠がいた。いや、モモンガだろうか。」
「え、モモンガ!あの空を飛ぶ鼠とかいう…すっげえな。」
常は目を輝かせ、抱いた青藍が寝ているので起こさぬように樹の茂った場所をきょろきょろしている。確かに、鳥以外の動物の気配もする、この前はぴょこぴょこと飛び跳ねる兎を見たばかりだ。
東の果ての果ての果ての山では、あのぶよぶよの魔物に気を取られがちだが、きっと良く探せば兎も栗鼠も、モモンガだって居るのだろう。
「栗鼠は時々見掛けるけど、モモンガか…。ねえトキワ、明日は木の実と果物を持って来ようよ。」
「うん。果ての屋敷へ帰るまでには、飛ぶところ見てえな。」
「うふふ。トキワって、動物大好きだよね。紅丸さんにお願いしてペットでも飼ったらどう。」
「んー、それがさ使い魔だけでも蝶と鳳凰と鴉と蝙蝠だろ。案外、簡単に触らせて貰えるから満足してるというか…ほら偶に白獅子も見れるし。」
「ああ、そうだよね。」
確かに、常が望めばみんな簡単に触らせてくれるのだ…白獅子以外は。白楊が命じれば飼い犬の如く振る舞うだろうが、主人自体の気性と連動しているのか使い魔にもそれが出ている。
「良し、明日はこのメンバーでモモンガ探しの旅に出ようぜ。」
「おい、常。棗のリハビリなんだから、無理させるなよ。」
気合の入った常を見て黒鉄が釘を刺す。精神的な落ち着きから言えば、常というのは今の見た目が合っている。つまり、十代の終わり程だという事だ。
「そこは分かってるって。あったかい格好して弁当持って、昼間にゆっくり探そう。青藍もきっと喜ぶ。」
「うん。」
棗は頷くと、一緒にリハビリ兼ねて弁当を作ろうと常と話す。その歩調はゆっくりとしたもので、黒鉄は隣に控えながら屋敷の中の気配を気にしていた。竜胆はもう既に、予定通りに紅丸と対面している様だった。
「さて、聞かせてもらおうか。」
紅丸が煙管の灰を落として、顔色の悪い竜胆を促す。赤月が言った通りに、果ての屋敷の主とは思う以上に厳しい人物だと思い知った。
「母は、…まだ小さな妹を育てなくてはなりません。それに人間の身で声を失くしては、生きて行くのが大変です。」
震える声を抑えて答え、ぐっと手の平で膝を掴む。
「ふうん、では赤月にするという事だな。」
「ですが、声を失くしてしまっては秘書の仕事は続ける事が出来無いのではないでしょうか。」
「それはお前が気にする事ではなかろう。」
紅丸がそう言うと、いきなり応接間の扉が開いた。赤月はああと、片手で目を覆った。ずっと近くに居る気配は感じていた、勿論紅丸にも分かっていただろう。
「そうだ。それを気にする資格があるのは赤月の主人である私だ、無理を通すなと申したであろう紅丸。」
「だから、この子供に選ばせると言っておいただろ白楊。」
「ふん。承知したとは言っておらぬ。」
白銀の髪をなびかせ、青の刺繍を施した白い袍を着た麗人が紅丸の隣りに腰掛ける。竜胆が初めてこの屋敷を訪問した日にも棗の側で目にした妖だ。紅丸へのこの態度と赤月の主人だという言葉を聞いて、白運グループの社長でありこの屋敷の所有者だと分かった。
「何で勝手に同席する、」
「言っておくが社長は私故、副社長の秘書の選別には立ち合う。それから、赤月の声を失くしては仕事に支障が出よう。私は人間相手に一々仕事の連絡を取る気はあらぬぞ。」
「成る程。確かに、それはそうだな。」
赤月は溜め息を小さく吐いて、新たなハーブティーを淹れる。勿論、万が一を見越して白楊の好きなブレンドの物を別に用意してあった。
白楊の前にカップを置き、また後ろに控える。竜胆が戸惑う様子で、口も挟めずに向かいのソファーに座る二人を見ているのが憐れだ。
「では如何するか、やはり母親の声を奪おうか、」
「先程、この子供に選ばせると言うたであろう。何故、お前が勝手に決めておるのだ。」
はらはらと紅丸を見て、白楊を見る。竜胆には、この二人が如何いうつもりでこのやり取りをしているのか分からない。
「そもそも、この子供を雇わねば良い。そうすれば、声を失くす者は要らぬのだ。」
「まあな、」
紅丸が不意に竜胆を見た。
「如何する?白楊はこう言っているが、」
「あの、…それでは私の方も困る事情が有るのです。」
「何だ、言うてみよ。」
今度は白楊に見られ、更に緊張が増す。とにかく、この二人というのは他を圧倒する妖気に溢れている。
「私はもう、成長が止まり始めています。大学を卒業したら、直ぐにでも家を出なければ義父に怪しまれるでしょう。それに、西国では私は名が知れているので人の社会に紛れるのは難しいのです。」
「ああ、神童と呼ばれる者の苦労だな。」
「神童?良く分からぬが、別の国へ行ってはどうだ。使い魔で移動すれば良かろう。」
「ですが、私の様な子供を雇ってくれるところがあるでしょうか。万が一仕事を得たとして、この歳で成長せずにいる不思議を抱えている限り、私は直ぐに別の地へ移動しなければなりません。」
成る程、竜胆は良く良く自分の事を分かっている。確かに、魔物の中でも竜胆の歳で成長が止まるのは珍しい。この子供の姿で、ろくな人生経験も無い者が一人きり流離うのは過酷だろう。
「では、お前は赤月を犠牲にしても私の会社に入りたいと申すのか、」
「いいえ、これは私の撒いたタネ。私の声を失くしては貰えませんか。その代わり、必ずナツメの秘書にして下さい。」
紅丸が面白そうに口角を上げる。絶対に選べと言ったにも拘らず、親を犠牲にするつもりは無いと言う。
「良いだろう。私が責任を持ち、棗の秘書にしてやると約束しよう。しかしそうなれば喋れぬのは棗が困ろう、お前はそのままで良い。」
「白楊、勝手に決めるな。」
「ふん。その代わり、勝手を通した詫びに私の声を失くすと良い。それで文句はなかろう。」
「白楊様っ!」
赤月が焦った声を出すが、もう遅い。
「ならば承知しよう。常も、自分の事で咎めるなと言うので、それは免除してやったが…竜胆、お前はつくづく運が良い。」
話はまとまった。
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