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主人と、秘書
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黒鉄は意識の無い白楊を抱き、速やかに応接間を出て二階にある白楊の部屋へ向かう。赤月は常と共に棗の部屋に行っており、誰にも目撃されずに運ぶには今が丁度良かった。
ノックなどせずに勝手に部屋を開けて、整えられたベッドの上に下ろし、布団の中に寝かせても全く反応がない。試しに口元に耳を近付けてみれば、微かに呼吸音が聞こえた。
こんなに近くに居ても憎まれ口の一つもないのが不思議なくらいだ。普段の白楊ならば黒鉄が抱き上げる事はおろか、至近距離に近付く事も出来ないだろう。
「ふむ、さてこれは棗には何と説明するべきか、」
腕を組んで顎を撫でる。先程、黒鉄が呼ばれて応接間に入った時には、室内に赤月の姿は無く、紅丸が白楊の喉に触れているところだった。
「呼んだか紅丸。」
白楊は黒鉄をちらりと見て、眉根を寄せたまま薄桃色の瞳を閉じた。紅丸の手が離れると、ソファーの背もたれを掴んだ細い指がぐぐっと食い込む。
「っは、ぁ、」
苦しそうに喉を抑えて前のめりになる白楊の様子が尋常ではないので、黒鉄は嫌がられると分かっていて近くに膝を着いて覗き込んだ。
「紅丸、お前何をしたんだ、…おい、白楊。」
「ああ、今は喉の中が焼けているから、暫くは相当痛むだろう。そろそろ意識が朦朧としてきたか、」
紅丸の言葉が聞こえているのか、いないのか。白楊の手から力が抜けだらりと落ち、傾いた体がずるずると崩れ落ちていく。
「白楊っ、」
黒鉄がソファーから落ちそうになっているのを抱き留める、長い髪が肩を滑りうなじを露わにした。そこには紅丸の使い魔、紅色の蝶が浮き出ている。
「おい、何で白楊が身代わりになってるんだ。そもそもは、赤月の子にどちらか選ばせる話ではなかったか、」
「そうしようとしたが、こいつはそれが気に入らなかったらしいな。強引に話を進めて竜胆を棗の秘書に雇い、罰を自らが受けると決めてしまった。初めから、赤月の代わりになろうと思ってたんだろ。」
「…馬鹿だな、これでは赤月が益々はまってしまうだろうに。」
「だな、それでも構わないと思ってるんだろう。赤月をこの部屋から退室させたのは白楊だ、結局苦しむ姿は見せたくなかったんだろう。随分と秘書思いの主人になったものだ。」
溜め息を吐いて、黒鉄が立ち上がる。最近まで滅びに向かう身だった為か、意識の無い体は黒鉄が思うよりも軽く頼りない。良くこれで、強い妖力を振るうことが出来るものだと感心すらする。
「それで、白楊を運ばせる為にオレを呼んだのか。」
「それと、このなり行きの説明とか諸々だな。まあ、棗への対応はお前に任せる。」
「おい、丸投げか。」
うんざりとした顔をする黒鉄へ、ソファーから立ち上がった紅丸が、ぽんっと軽く肩を叩いて部屋の扉へ向かう。縞の粋な着物に重ねた、牡丹に紅蝶の飛ぶ羽織りの背中を向けたまま言う。
「俺は、今から常の可愛らしい小言を聞くから忙しいんだ。さすがに…同じ屋敷に居る白楊が喋れなくなった事を黙っとくのは難しいだろ。」
「気が進まんのなら、声を返してやればいいだろ。」
「…それは白楊が承知しない。知っての通りの頑固者だ。」
「はぁ…、全くどいつもこいつも。」
紅丸が部屋を出て行く。黒鉄はさっさと寝かせてやろうと、白楊を抱えてそれに続いた。それが、ここまでの経緯だ。
コンコン、ノック音がして待ちわびた、赤月の呼び掛ける声がした。
「入るといい。今、寝かせたばかりだ。棗に喉の火傷に効く薬を聞いておくから、後で手配を頼む。」
ベッドの傍らに並んだ赤月が、深々と頭を下げた。
「黒鉄様、私事から色々と巻き込んでしまい申し訳御座いませんでした。」
「いや、お前の所為ではないだろう。それに、白楊が声を失くして一番大変な思いをするのは秘書であるお前だ。暫く痛みが出ると紅丸が言っていたから、なるべく付いてやってくれ。」
「はい。有難う御座います。」
黒鉄が後を任せて部屋を出る。赤月は意識の無い白楊の手を取った。細い指に並ぶ形の良い爪は先日、面倒がる主人の声を無視して赤月が整えたものだ。もう、あの文句も聞く事が出来ないのだと思うと、酷く胸が痛んだ。
「白楊様、これから先の私の全ては貴方へ捧げます。もう、これ以上の犠牲を御身より払わないで下さい。」
応えは無くても構わない。白楊は恋を知りそれを失くし、滅びに向かいそれを止められ、内面が随分と変わった。もう、強さだけが全てだとは思っていない様だ。
「強くとも、弱くとも、どんな時でも気高く美しい。私の主人は貴方だけです。」
冷たい手の甲へ誓いのキスを落とす。白楊の心の中に居るのが誰であろうと、渡す気などない。永く生きる魔物には、時間など幾らでもあり、誰よりも側で仕え続けてきた赤月には、白楊の性格を熟知している強みがある。
「もう、私からは逃れる事は出来ません。こんな事をしたからには、覚悟は出来てるんでしょうね。」
そしてまた、白楊も赤月の性格を熟知している筈なのだった。
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