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歌と、添い寝
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白獅子が現れて扉の見張りをしだすと、紅丸がやって来て部屋の内へ入り、やがて白獅子が消える。それを繰り返す事、三日、四日と日が過ぎた。
そうこうするうちに棗は大学へ復学して、火傷の落ち着いた白楊は仕事に復帰した。紅丸と常は青藍を連れて果ての屋敷に戻り、黒鉄だけが暫くは残る事になった。
「白楊様、少し休んで下さい。それから薬をお持ちしました。」
赤月が薬湯を持って、深夜にもかかわらず仕事中の白楊へ声を掛けるが、聞かないふりで手を休めない。机に向かっているその足元には白獅子が寝そべり、瞳を眇めた赤月の顔を片目を開けて確認してまた目を閉じた。
「白楊様、私に飲ませて欲しいんですか、」
漸く手を止め、白楊がカップを寄越せと手を差し伸べる。その細い指先を赤月が捕らえて引き寄せると、唇を合わせ含んだ薬を流し込む。棗が工夫し、なるべく飲み易く調合してある薬だが、白楊はこの味が苦手で嫌がるのだ。
自由な手で赤月の肩を叩いて抗議するが、否応無しに液体は飲み込まなければ溢れる。嚥下して、唇が離れたところで文句を言いたげに睨むが、また次の薬を含んだ赤月が寄るので仕方無く受けた。
「どのみち飲む事になるのです。初めから、素直に飲めば良いでしょうに。」
赤月が含み笑いをするので、白楊がふんっと頬杖をついてそっぽを向く。喋れなくなった事で、毎日吐いていた悪態は体の中に澱のように溜まるばかりだ。苛々して長い髪を跳ね除けていると、そんな白楊の気持ちなど見透かしている赤月が白銀の髪を緩やかに編んで紐で括った。
「とてもお似合いです。しかし、少し休んで下さい。白獅子も心配してますよ。」
手を取られ椅子から離されてはしょうがない、ソファーに腰掛けて口直しにハーブティーを用意して貰うと、白楊は素直にカップを手に取った。
白獅子がその膝に頭を乗せるので、額の毛を撫でて香りを楽しみながら蜂蜜色の液体を飲み込む。最近は、白楊が隠れていろと念じない限りは姿を出したままにしている。主人の喋れないストレスや、不安を感じ取っているのだろう。
「この宝石をどうぞ、お好きでしょう。」
差し出されたガラスの器には、白楊の好きな檸檬色と透明の宝石が輝いている。一粒を取り、口へ入れるのを見守ると秘書は安心した様に頷いた。喉を痛めた事で食が細くなってしまっているので、こうして事あるごとに世話を焼いている。
「眠れないなら、歌を歌いましょうか。それとも添い寝でもしましょうか、」
白楊はカップをテーブルへ戻して、隣に立つ赤月の手を引いた。歌を、と口を動かすと南国生まれの赤月から故郷の歌が紡がれる。白楊にはあまり馴染みのないこの音調が、とても心地良い。白獅子の頭を抱えて目を閉じる、やがてあの南国の別荘から見る浅葱色の海が目の前に広がり、引いては返す波の幻影を見せる。
すう…と意識が引き込まれ、白獅子は姿を霞ませた。赤月が歌を止めて白楊を抱き上げる。もう、白獅子はいない。
「喋れない事で気を病んで、身を滅ぼしたりはしないで下さい。そんな事になったら、私は自分自身を許さないでしょう。」
暗い色を宿す瞳。棗が救った事を、その犠牲を白楊は喜んではいない。それでも赤月には、主人の命が永らえた事は有難い事だった。その罪を、自分自身だけが背負えれば本望だったのに…結果はこうだ。
「何事も、そう単純にはいかないものだ。」
赤月がベッドに寝かせ、そばを離れようとするとスーツを着た腕を掴まれた。
「ああ、運んだ所為で起こしてしまいましたか。済みません。」
薄桃色の瞳が夢見る様に赤月を見て、薄い唇が誘う。その抗い難い誘惑に赤月が身を屈めると、ネクタイを引かれて唇が重なる。白楊の腕が首の後ろへと回り、より深く息を交わす。
「歌だけでは無く、添い寝もご所望でしたか、」
勿論、それを断るつもりも無い。互いが求めるものは少し違うが、それでも気持ちを慰める材料にはなる。
ネクタイを解かれるままに任せ、薄い絹のバスローブの隙間から青白い白磁の肌を撫でる。その体からは、ローズの香りが立ち上った。
「白楊様、鈴飾りの付いた扇子を職人に頼んでおります。明日には出来上がるとの事なので、以前の様に身に付けて下さい。」
そうすれば、赤月にとっても居所が把握しやすく安心出来る。白楊は少し考える素振りをしたが、秘書の気持ちを優先して頷いた。失くした扇子は手の内に戻って来なかった、ならばもう持つ事は止めようと思っていたのだが。
「良かった、」
ほっとした声で抱き締められ、白楊は目を閉じてその腕を甘んじて受けた。赤月の不安を先程聞いたばかりだ、その所為で眠りから目覚めてしまった事は知らせない。喋れない事で気を病んでいるのが、使い魔や秘書の白楊への執着心を強めてしまう。ならば、扇子を持つくらいの事は叶えるべきだ。
もう一人の、この屋敷の住人を思い浮かべる。火傷の事で倒れてからは、部屋から出る事はおろか棗とも会っていなかった。
わざわざ時間を取らせてなど思いもよらない、あの時の様に偶然に会えるならば満足なのだ。久し振りに早朝にパン屑を持ち、庭を歩いてみたいと思った。
赤月、
言葉にならない空気の動きでも、秘書は、はいと返事をした。
明日、鳥に餌を与えたい。
「ええ、では準備します。一緒に参りましょう。」
久し振りの庭への散歩を、赤月は前向きに捉えて頷く。白楊の望みなら、出来る事は全て叶える。
「白楊様、庭にはモモンガが居るそうですよ。私はあまり興味が無かったのですが、先日、常様と青藍様と棗様が黒鉄様を伴われて巣穴を見付けたとか、」
首を傾げて、モモンガという動物が分からないという顔をするので、赤月は微笑んだ。
「常様に言わせると、空飛ぶ鼠だそうです。調べましたが、顔付きなど栗鼠にも似てますね。」
益々分かりかねるといった顔なので、赤月はこう提案した。
「明日の朝、黒鉄様や棗様にも声を掛けて巣穴を案内してもらいましょう。木の実と果物が好物だと聞いてます、パン屑と一緒に持って行きましょう。」
これで、棗と会う機会を作られてしまった。赤月の配慮に複雑な思いで頷く。
「ふふ、長年住んでいても知らぬ事が有るものですね。」
その楽し気な声に、白楊も漸く微かな笑みを浮かべる。裸で抱き合う白楊の頬に触れ、赤月が眩しいものを見た様に目を細めた。
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