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リューの恋人 1 (カレンside)
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最初は使いっ走りにされた腹いせに、リューの惚れた相手を値踏みし、あわよくばつまみ食いしてやろう程度の軽い気持ちだったのだが。
ふと気づけば自分にとってかけがえのないアキラとの出会いまで話してしまっている。
最初から妙に思い切りがよく、気持ちのいい男だと思ってはいたが、決定的だったのはやはり名前に関するやり取りだった。
あんなことを言われたのははじめてだと、目隠しのせいで目が合わないのをいいことに、バックミラー越しにまじまじとリューの想い人を見つめた。
身体をふわりとやさしく包み込む、凍える夜の甘い紅茶やブランケットのような。
揺るぎのない温かな気遣いに、ささくれ立った心が癒され、ほどけていく。
ただただこちらの心に素直に寄り添おうとする様は清廉で、わずかな媚びさえ感じられず、不思議なほどすっと心に馴染じんだ。
少しばかり昔話をすれば、言葉少なに的確な相槌が返ってくるから、ついつい話し過ぎてしまう。
ただ甘やかすばかりではなく、時に厳しい物言いも、この男ならば許せる気がした。
落ち着いた声の端々から滲むのは、信頼に足る気遣いや思いやりばかりで。
この男はけして人を貶める言葉は吐かない。
100パーセントこちらのためだけを思って放たれた言葉だと、不思議なほどすんなりと信じられた。
この安心感が曲者で、ついついほっこりと胸の奥深くに温もりを移され、まるで年の離れた兄よろしく、際限なく我がままをぶつけてしまいそうになる。
『どうかしたのか?』
「別に……なんでもねぇよ」
『そうか』
過度な気遣いは煩わしく、かといって放置されるのも気にくわない。
いったいどうして欲しいんだと、普段から扱いに困る発言を連発されている自覚が十二分にあるだけに、腹の一つも立たないどころかすべてのやり取りにおいて心地よささえ感じている自分が信じられなかった。
さすがはリューを惚れさせた男だと、密かに舌を巻く。
いつかリューが舌打ちした、あの人たらしが……という言葉の意味が、今ならば身に染みてわかる気がした。
無害な顔をしてするりと懐に入り込んでくるあたり、厄介なことこの上ない。
かといってこの心地よさを手放せるほど大人でもなく。
結局は白旗を掲げ、もふもふとお気に入りのブランケットよろしく、心地よさを堪能する自分を許してしまった。
組織にたどり着く頃にはすっかり心地よく話し疲れ、長年の友のように鍛え上げられたその肩にもたれながら、アルゴリズムの支配するエレベーターに乗り込んだのだった。
「目隠し、外していいぜ」
そうしてあらわれた、綺麗に澄んだ闇色の瞳に見入ってしまう。
すっきりと切れ上がった、涼しげな奥二重の瞳。
派手さはないが、口元は見惚れるほどキリリと引き締まり、鼻筋などは実に気持ちよく通っている。
男らしい短髪も適度に日焼けた肌も、質実剛健といった言葉がピッタリで、古風な武家の若武者を連想させた。
一見驚くほどに無表情ではあるものの、瞳がたたえる光はどこまでも温かく慈愛に満ちていて、吸い込まれそうなほどに深く澄んでいた。
龍之介がすべてを焼き尽くす苛烈な真夏の太陽だとしたら、この男はすべてをやさしく包み込んで癒す、闇夜の月明かりのようだ。
「……やっべぇな」
己の鼻の位置にある肩を抱き、もたれかかりながら、こんな姿は仲間には……特に天敵のハヤトにはとても見せられないと、ため息をつく。
すっかり敵方に懐柔されてんじゃねーか、と罵声を浴びせかけられるのは目に見えていた。
自分だってどうかと思う。
会ったばかりの天敵の想い人に懐くなんて。
「……けど、仕方ねぇじゃん」
すっげぇ居心地いいんだから。
アキラを想うのとはまるで違う。
すべてを焼き尽くして余りある熱量のある感情ではなく、もっと静かな……そっと目を閉じて祈りたくなるような。
やさしい安らぎに満たされていく。
あまりの居心地のよさにたじろぎ、いっそ誘惑してヤッてしまえば少しは落ち着くのだろうかと首筋に腕を絡め、強引に頬を寄せた。
するとグッと後ろに引いた士郎がこちらの額を手の平で押さえ、視線を鋭くした。
「アキラが好きなんだろう? だったら安易に他の男に身体を預けるな」
「……っ」
突如として沸き上がった感情のままに、ざけんな、と叫んでいた。
「どーせオレは汚れてるよっ。オヤジのチンポ咥えまくる淫乱で、気持ちよけりゃ誰だってかまわねぇんだ!」
些細な感情のコントロールもできなくて、下衆で安易な道を選ぶことしかできない自分への情けなさに、胸の中がグチャグチャに乱れていく。
「落ち着け……」
抱きしめられて、暴れた。
アキラのためだと割り切ってやってきたつもりでも、日々澱のように積もっていくやり切れなさの蓄積が、いつか自分を壊すのではないかとの恐怖は、いつだって得体の知れない薄ら寒い陰のようにひっそりとすぐそばにあったのだ。
気を張っている時は耐えられた。
だが、こうしてやさしさに触れてしまうとダメだった。
「オレは汚ねぇ……っ」
クソッ、泣きたくなんてねーのに……っ。
なんで涙が溢れて止まらねぇ……?
赤子をあやすように背中を叩かれ、ドクンドクンと胸に響く揺るぎのない鼓動を感じているうちに、やがて激情は凪ぎ、次第に落ち着きを取り戻していった。
それを見計らったかのように、士郎が言った。
「アキラを守りたかったんだろう? おまえの得た情報で救われた子供達も多くいたはずだ。後悔は当たり前にあるだろう。汚れてしまったと感じる気持ちもわからなくはない」
だが、誰にもおまえを汚すことなんてできない、と士郎が言った。
信念のもとに行動したのなら、自分で自分を貶めることだけはするなと。
「……なんて偉そうに言ってはいるが、いつも後悔ばかりしているのはオレの方なんだがな」
低いつぶやきに、深い苦悩が滲む。
誰だってみな抱えきれないほどの傷を抱え、時に自分を嫌いになりながら、必死に己の足で立とうともがいている。
「少なくともオレは君を少しも汚いとは思わないし、仲間想いで漢気に満ちた、やさしいやつだと思う」
「……っ」
「溜まったものはできるだけ吐き出した方がいい。そして可能なら、いつか忘れてしまうといい。人につけた傷は覚えているのがやさしさであり礼儀だが、自分の傷は極力見て見ぬ振りをするのが男ってものだ」
やせ我慢の美学。
この男には似合いすぎて、笑ってしまった。
「……あんた、かっこよ過ぎだろ」
「そうか?」
まるで理解不能だというような顔で、士郎が首をひねった。
この男にとっては自分の感情より人のそれを優先することなど、至極当たり前のことなのだろう。
その格好のよさに、本人だけがまるで気づいていない。
強くなければやさしくなれない。
士郎を見ているとしみじみ思い知らされた。
「はーっ、くそっ、泣かされた!」
「……おい、人聞きの悪いことを言うんじゃない」
「龍之介に言ってやる。あんたに散々泣かされたってな」
艶っぽい流し目をくれてやれば、ビクリと士郎の肩が震えた。
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