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岐路 (雪夜side)
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夢を見ていた。
坊が胸を押さえて倒れる、震えるような悪夢を。
呆然としているうちにも主治医のルイが呼ばれ、坊の身体が運ばれてゆく。
もつれた脚で跡を追うと邪魔をされた。
だから、渾身の力で振り払った。
次の瞬間、鋭い何かに首筋を撃ち抜かれた。
意識が朦朧とし、途切れ、気づけば暗闇の中にいた。
「坊……!?」
呼びかけても返事はもとより、身体も思うように動かなくて、不安と焦りばかりが募る。
坊の姿が見えない。
坊をどこに連れて行った……!?
坊を返せ……っ。
手術は坊の望んだことだから、自分には止めることができない。
それでもせめて目の届く場所にいさせて欲しかった。
いつ何があってもいいように。
おまえは生きろと、坊からは全世界が閉ざされるような絶望的な未来を言い渡されていた。
共に生きるのと何ら変わらぬ幸福を、共に逝くことに見ていた自分にとって、それは何よりも残酷な願いだった。
けれど、それが坊の最期の望みなら。
叶えなければ嘘だ。
泣き崩れ駄々をこね、さんざん坊を苛立たせた挙句、ようやく望まない未来を受け入れた。
一年だけでいいと期限を切られなければ、到底うなずくことなどできなかったろう。
共に逝けるのだと信じていた頃は、正直手術が成功しようが失敗しようがどちらでもよかった。
衰弱し切った身体を抱えた坊はいつだって苦しそうで、再び倒れる恐怖に震えながら、つらいリハビリに耐えるくらいなら、いっそのこと楽になって欲しいと願うことも多くあったからだ。
けれど、坊のいない一年……?
気が遠くなりそうだ。
「坊……っ?」
怖い……。
あなたの温もりが感じられない。
「坊……っ!?」
今どこにいるんですか……!?
「坊……っ」
お願いだから返事をして。
「愛して……るんです……っ」
真っ暗な闇をつかみ、もがき続けた。
坊を失ったらきっと狂ってしまう。
恨みがましげにそうつぶやいたら、狂えばいいと珍しく声を上げて笑われた。
いっそ狂ってオレのことなんざ忘れちまえと。
思わずキッとにらみ返したら、あまりにやさしく穏やかな瞳で微笑まれた。
おまえがその方が楽なら。
全部なかったことにしてくれていい。
いっそ生まれ変わって、一から誰かを好きになれ。
いたずらに吐かれた言葉に坊の本気が透けて見えて、泣きたくなった。
嫌だ絶対に忘れたりしないとすがりつき、駄々をこねる自分の頭を、坊はただただ黙って撫で続けた。
ダメだ……、狂うことも許されない。
やはり死ぬしか……。
けれど、それでは坊との約束を破ることになる……。
すべての道を塞がれて、坊しか見えなくて、ただただ切なくて愛しくて、今という時が永遠に続くことばかりを切に願った。
つらい現実から目を背けてばかりの弱い自分をあざ笑うかのように、坊の命の炎が揺らぐ。
まだとても覚悟を決め切れない。
坊との約束を破って死ぬ勇気も、坊のいない一年を耐え抜く覚悟も決まらなかった。
こんな自分は坊には相応しくない……っ。
「坊……、お願いです……っ」
この先続くはずの数十年の未来と引き換えにしたってかまわない。
どうか神様、坊と過ごす、あとわずかな時をください……!
信じてさえいないものにすがる自分は、何と滑稽で惨めなんだろうと笑えてきた。
なぜ自分の心臓の型は坊と合致しなかったのか。
今さらながらに運命の非情さを呪った。
合致すれば即座にこの心臓をえぐり出して差し出したのに。
……適応ナシ。
報告書の冷たい文字に、大げさではなく心が凍った。
何の役にも立たない自分。
坊が生きていてくれるのなら、たとえ恋人としての坊を失ったってかまわなかった。
坊が誰かと恋に落ち、幸せになれるのだと何の疑いもなく信じられたなら。
自分は二人の幸せを見守る陰になろうと決めていた。
そんな人生だって、きっと幸せに違いないから。
坊が笑ってくれるのなら、それでいい。
何もかも全部あきらめたって、かまわない。
だから……お願いだから、死なないで……っ。
「坊……っ」
初めて会った時から好きでした。
「坊……」
親からも愛されなかった自分に、笑顔と希望をくれた人。
「坊……?」
初めてつないだ手の温もりを覚えている。
「……坊」
あなたは……あなただけは幸せになってくれなければ困るのだと、己の手をグッと握りしめ、闇に向かい繰り返し愛しい人の名を叫び続けたのだった。
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