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別離 (龍之介side)
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本当はもっと早くに帰すべきだったが、触れてしまうと理性がグズグズに崩れ、正常な判断がきかなかった。
ようやく別れの言葉を口にしたものの、同じ部屋の空気を吸っているだけで苦しくて、やはり行くなと引き止めてしまいそうな己を、結局は物理的に離れることで無理やり押し留めた。
空気音を立てて閉まった背後のドアの横の壁に背もたれて、キツく目を閉じ、天を仰ぐ。
士郎の燃えるように熱い肌がフラッシュバックし、あまりの落差にブルッと身体が震えた。
「……っ」
叫び出しそうなほどの愛しさが胸の内を荒れ狂う。
なすべきことは山とあるのに、しばらくは何も手につきそうにない。
心も身体も痛すぎて、正常な感覚を失っていた。
触れれば触れるほど深い業につながれていく。
あれはもはや猛毒だと、己を嘲笑った時だった。
「んな色っぽい格好してたら、オレみてーな見境のない大人に襲われちゃうよー?」
見れば気配もないままに廊下の向こうから現れたユーリが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら近づいてきた。
上はシャツ一枚をひっかけただけの身体を舐めるように上から下まで見つめられ、全身にゾワリと鳥肌が立つ。
「……中年の気色悪ィ欲をぶつけてくンじゃねェよ」
「失礼な。肌もあっちの締まりの良さも、まだまだ若い子には負けねーよ?」
「や、負けまくりだろ」
「そーゆーのはまず試してから言えよなぁ。こないだのただ熱を冷ましただけのアレがオレの限界だと思ってんなら、誤解もはなはだしーんだからな?」
「……どんな罰ゲームだ」
「罰ゲームとか、酷ぇ! 名器って有名なのに……っ」
「自分で言うな、自分で……。ったく、テメェと会話してると力が抜ける」
トレーニングルームにいるから、後は頼んだぞと横をすり抜けようとしたが腕をつかまれて、無理やり引き止められた。
「……なぁ、マジで帰しちゃっていいのかよ?」
おまえが引き止めれば残るんじゃねーの? と言われ、苦笑した。
「……残念ながら、アレはそういうハンパはしねェオトコだ。みんながみんなオマエみてェにフットワークの軽いヤツばっかじゃねェンだよ」
デコピンを食らわせると、大げさにわめいて距離を取る。
「んな切なそうな顔してさ、どーせまたすぐ調子崩すくせに」
その尻拭いさせられる身になってみろ、と睨まれれば、苦笑する他ない。
だが、その時々できっちりカタをつけなければ先に進めないヤツもいる。
どれほど欲しくても、人には踏み込めない領域というものがある。
自分が自分であるために。
これだけは譲れないと思うものを奪えば、待っているのは破滅しかない。
士郎が戦わずには生きられない自分の生き様を受け入れてくれたように、離れた場所で全力を尽くそうとする恋人の覚悟を、黙って受け入れてやりたかった。
何より士郎が地上の世界と区切りをつけるには、まだまだ超えなければならない壁がある。
互いに口には出さずとも、いつかは挑まねばならないと見定めてきた相手だ。
そう遠くはない未来に恋人を魔窟に送り出さなければならないと思うと、身体中をかきむしりたくなるような焦燥を覚えたが、これはあくまで士郎が矢面に立たなければならない戦いだった。
頼られたら、己の持ちうるすべてで手を貸すと決めていたが、頼られるまでは。
黙って見守ると決めていた。
たとえ噛み締めた唇から幾筋の血が流れようが、見守るしかない。
とはいえ敵方におかしな動きがないかだけは、あらゆる情報に精通したハルトに監視させ、SOSの出せない状況に陥ったなら確実に救出できるよう、自分なりに足場を固めておくつもりでいた。
信頼していないわけではない。
ただ士郎の生まれ持ったやさしさは、時にとんでもないトラブルを連れてくる。
ギリギリの場所で非情になり切れない男だからこそ、惚れた。
ケツ持ちは恋人である自分の役目だ。
今は来るべき日のために身体を完全な状態に持っていくべきだと、ようやく心が定まった。
「そんじゃ、抱かれまくった後のフェロモン出まくりのシロちゃんを拝んできますか」
ウキウキと足取り軽くすれ違ったユーリに半眼になる。
逆方向に歩き出しながら、尻ポケットに入れてきスマートフォンを手に取り、病室のドアを内側からしか開かないようハルトにロックさせた。
「……誰が見せるかよ」
クッと喉の奥で笑いながら、一路トレーニングルームを目指したのだった。
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