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前進(士郎side)
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「ふぁ…っ、きっつ……!」
達也が支えるベンチプレスの最後の一回をやり遂げると、ジェイが仰向けに床に転がった。
「じゃあ次、レッグツイストいこうか。ハンギングで腕にも負荷がかかるから、一石二鳥だよ」
達也がにっこり爽やかに笑って、隣のマシンに移る。
「鬼……、鬼がいる……っ」
荒い呼吸を繰り返すジェイが、もう嫌だとトレーニングルームの床にしがみつく。
「もうムリ……、はぁ……、マジで死ぬ……っ」
「前から思ってたけど、ジェイってばホント根性ないよね」
負荷の軽いオーソドックスな腹筋背筋を、ようやく人並みな回数、こなせるようになってきた克己が、流れる汗を拭いながらジェイに白い目を向けた。
「最近のひーちゃんの人気っぷりに、ちょっとは危機感感じたら? っていうか、そのうち、ひーちゃんの方が強くなっちゃたりして。ね、シロちゃん」
「かもな」
広背筋と上腕機を鍛える、ロウイングという牽引機を引っ張りながら、頷いた。
実際、翡翠の頑張りには目を見張るものがあった。
文句一つ言わず、己の体力の限界めいっぱいに設定メニューを日々確実こなしている。
克己も一日で根を上げるかと思いきや、連日のトレーニングによくついてきた。
筋肉はつかない体質でも、鍛え上げた身体は裏切らない。
身体がしっかりでき上がったら、本格的に戦い方を教える約束になっていた。
事は龍之介達が旅立った日に遡る。
全員が海千山千の戦士だった前任者達に比べ、今期でまともに戦えるのは、自分と達也の二人のみ。
ジェイは何気に、自分を守るので精一杯。
克己と翡翠に至っては、人様に守ってもらわなければまともに部屋の外も歩けない、実にお粗末な状況だ。
少なくとも自分のことくらいは自分で守れるようになってもらわなければ話にならないと、護身術を教えようと提案したところ、本格的に鍛えたいと訴えてきたのは、意外にも本人達だった。
メニュー作りやトレーニングのサポートを達也と二人でこなすのは大変だったが、やり甲斐もある。
克己は何を教えても、感覚的なつかみが早かった。
こちらが何かを言う前に察して、先を読み、動いてくれる。
相手の心理を素早くつかむ能力は、実戦になればより一層活きるだろう。
翡翠は緻密なコンピューターを自在に扱うだけあって、とにかく頭がいい。
物事の最短ルートを導き出すのが得意で、独自にトレーニングの基礎理論や実践本を読み込んでは鋭い指摘をして、こちらを驚かせてくれた。
一番の問題児は、意外にもジェイだった。
何でも器用にこなすくせに、いかんせん飽きっぽく、すぐ他に目移りする。
運動神経もよくセンスもあるから、ちょっとしたケンカなら負けないと、本人もナメてかかっているところがあった。
誰からも好かれる性格が災いして、大して人と争わずに生きてこられたのだろう。
コンプレックスの塊の克己や翡翠と比べて、圧倒的にハングリーさに欠けるのだ。
「トレーニングを強制するつもりはないが、翡翠は強くなるぞ」
男として、恋人として、それでいいかのかは、はなはだ疑問が残る。
「お姫様に守ってもらうつもり? 少しは根性見せなよね」
克己は終始、呆れ顔を隠さない。
「実戦訓練になった時、一人蚊帳の外は、かなり寂しいと思うよ?」
達也がもうちょっと頑張ろうよと、ジェイの腕を引いた。
「何よりいざって時、大事な人を守れないのは、男として情けなさすぎるよ」
「皆して、ひでぇ……」
瞳を潤ませても、いかんせん、克己や翡翠と違って致命的にかわいくない。
「……やらないなら、帰れば? いるだけ邪魔だし」
翡翠の氷の眼差しに、ジェイがううっ、と唸った。
とはいえ、そのキツさが向けられるのは、おおむねジェイ一人だけである。
いわゆる愛情の裏返し、愛の鞭なわけで、それに気づかないジェイではない。
震える腕で身体を持ち上げると、ようやく立ち上がった。
「頑張ったら、ご褒美くれよな」
翡翠の肩に手をかけて、こそっと耳元でささやかれた言葉に、翡翠が密やかに頬を染めた。
「うわ、もう見てらんないんだけど。達ちゃん、僕もご褒美欲しいなぁ」
克己の妖しい流し目に、達也が真っ赤な顔でうろたえた。
誰より大切な人が同じ気持ちを返してくれて、その上で共に過ごせる日常は奇跡に近い。
それを守るために、己を鍛える。
強くなる。
あいつのように。
「シーロちゃん」
近づいてきた克己に、背後から抱きしめられた。
そんな寂しそうな顔をしていただろうかと、苦笑した。
「達也が睨んでるぞ」
「愛してるのは達っちゃんだよ。でも、シロちゃんも大事」
母親に抱かれているような、無償の愛と安らぎを感じた。
参った。振りほどく気になれない。
達也に、視線で悪いな、少しだけ借りるぞと伝えると、苦笑された。
「はい、おしまい」
心が温もりで満たされた頃合いを見計らって、克己が離れていく。
時々、この幼馴染には心の奥底まで透過されているのではないかと思う時があった。
こちらが揺れるといつの間にかそばにいて、温もりを分け与えてくれる。
「今日のプロテインドリンクは、ストロベリーミルクがいいなぁ」
克己がニコニコと達也の腕を取って、バックヤードに消えていく。
自分は恵まれていると、改めて思った。
支えてくれる仲間がいて、目指すべき道がある。
汗を拭いながら、立ち上がった。
「達也の代わりに、オレが補助しよう」
ジェイがため息の中で、機械に身体を滑り込ませてきた。
「お願いしまっす」
「翡翠は腹筋が好きみたいだな」
「え?」
「よく触りたがる。割れば、喜んで触ってくれるかもしれないぞ」
裏情報を流すと、ジェイの淡い色の瞳が輝いた。
うおーっ、と雄叫びを上げながら、いきなりやる気を出すジェイに、苦笑した。
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