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弱音(ユーリside)
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「なぁ、リューのヤツはどうしてる?」
「うっわ、この疲れ切った顔見て、開口一番にガキの話題とか、マジへこむんですけど!」
意識を取り戻しはしたものの、未だ多臓器損傷の状態であることに変わりはなく、食事風呂トイレ以外はベッド上で過ごしているジンの枕元の椅子に陣取ると、パタリとその胸元に倒れこんだ。
「労えって……。おまえがいてくれてよかったとか、天才とか、寂しいからもっとちょくちょく顔を見せろとか、言えねーの?」
「悪かったって。機嫌直せ、な?」
よしよしと頭を撫でてくる。
「で? アイツはどーしてる?」
本気なのか、おちょくっているんだか。
結局リューの話題から離れないジンに、ブチッとアタマの奥で何かが焼き切れた。
「癒されたくって、おまえの顔見に来たオレがバカだった。……帰る!」
立ち上がり、去りかけた背中に響く、包み込むような温かい声。
「ユーリ」
「……っ」
「こっち来いよ」
数秒間、耐えてはみたが、結局は引き寄せられるように振り返ってしまう自分の何と情けないことか。
そこには内側から光輝くような笑顔があった。
いつだってこの笑顔が明日を生きる希望をくれた。
年を重ね、出会った頃より遥かに体格はガッシリしたし、顔にしわも増えたかもしれないが、自由で屈託がなくて、老成しているかと思えば、未だ無邪気な子供のようで。
いい意味でも悪い意味でも、ビックリ箱を開ける時のようなハラハラ・ドキドキ感が止まらない。
振り回された挙句、怒り狂うことも多いのに、魅せられて目が離せないのだから、参ってしまう。
「くそっ、笑顔ひとつで帳消しとか、ありかよ……っ」
この笑顔のためなら、何だってできる。
全部投げ出したっていい。
そう思っているのは、何も自分一人ではなかったが。
ジンという名のもとに起こる人災の一番の被害者は、間違いなく自分だということだけは、自信をもって言えた。
だからといって、ジンの幼馴染兼親友の地位を他の誰かに譲るのは、死んでもごめんだと思う自分がいる。
たとえ馬車馬のごとく働かされようが、この鮮やかなほど前しか見ない男を、一人にはできない。
共に行くと決めている。
地獄の果てまでつき合うと。
ただ、一抹の後悔もしていないと言い切れるほど、強くはないだけで。
こうして子供のように駄々をこね、愚痴をこぼす夜があったっていい。
この痛みを独りで抱えるのは、つら過ぎた。
「……キリの残した残務のせいで、死にそうだ」
「キリはおまえにだけは甘えてたからな」
茶目っ気のある笑顔。
「……っ」
まったく、嬉しいことを言ってくれる。
久しぶりに触れられる距離にいるというのに、愛しい男の顔すらまともに拝めない日々が続き、いったい自分は何のために奔走しているんだか……と擦り切れてボロボロになりかけていた気持ちが、不思議なほど沈静化していく。
「あ〜っ、キリに会いてぇ……」
解けた心から、本音がこぼれ落ちる。
寂しくてたまらなかった。
この世にもうキリヒトがいないだなんて、信じたくもない。
どうして止められなかったのか。
もっと緩やかでやさしい道がいくらでもあったのに、険しい崖を駆け上り、自分なりの頂上を極めて、あっという間に散っていった。
わかってる……。
男がこうと決めた道を、他人が邪魔することなど、できはしないのだと。
でも、生きていて欲しかった。
ただそれだけでよかったのに……。
「もう全部、投げちまいてぇ……」
「そう言いながら、一度も投げ出したことねぇくせに」
寄せられる信頼に、胸が熱くなった。
どうせこの男には、敵いっこない。
ベッドに顔を伏せたまま、上目遣いにジンを見た。
夢にまで見た、ジンの笑顔だ。
連絡はそれなりに取り合ってはいたが、世界を放浪するジンと共にいられる時間は、実際はほんのわずかだ。
前回ジンがふらりと組織のに立ち寄ったのは、一年以上も前になる。
ジンより遥かにつらい道を選んだキリヒトを独りにしておけなくて。
いつもこれが最後になるかもしれないと覚悟しながら、見送った。
死にかけたが、戻ってきた。
それだけでよしとするべきなのだろう。
はぁ……と深く吐息して、頭を切り替えた。
「おまえが拾って、手塩にかけて育てたガキが、平凡なはずねーじゃん? あちこちケンカ売って回るフリして、相手の出方を冷静に量ってやがる。そんで、いつの間にか人の輪の中心にいる」
妙に人を惹きつける才は、天性のものだ。
あの誰にも懐かないアキラが、気づけば龍之介を目で追っている。
あの後、いったい何があったんだか。
「ま、やることやったんだろーけどなぁ。そんなによかったなら、オレも……って、違ーし!」
ぐわっ、と頭をかきむしる。
「もー、何なの、あのガキ! 疲れんだけど。大人をおちょくりやがって、煽られるこっちの身にもなってみろっての!」
「食っちまえばいいじゃん」
ジンがきょとんとした顔をした。
「……仮にも父親なら、親友とガキが寝んの、面白がんなっ」
「ガキの成長具合量んのも、父ちゃんの立派な仕事だろ。だいたい、ヤりてーくせに、無理すんな」
「……お見通しかよ」
ブスくれると、笑われた。
「ありゃ相当場数踏んでんぞ。くそっ、身体がイカれてなきゃ、誰かとヤッてるとこに参戦して、軽く味見ぐらいはすんだけどなぁ」
「おまえなぁ……」
ため息に暮れながらも、脳内で二人が絡み合う姿を想像してしまう。
忙しくて、ろくに発散できていない下半身が疼いて、たまらなかった。
さんざん振り回されながらも、なぜか幸せで満ち足りた気分になる、不思議で理不尽な懐かしい感覚に、ようやくジンが帰ってきたのだと実感できた。
「……全身に銃弾を受けて、意識不明のおまえを見た時は、発狂しそーになったんだからな」
弱音を吐いて、ジンの頬に手を伸ばす。
……温かい。
愛しい者の体温が、心の奥深い場所の寒さを消していく。
「悪かったって」
「ご自慢の息子がいなきゃ、今頃は間違いなく棺桶の中だったろーよ」
「そーかもな」
透明でフラットな声。
どうせ、それでもよかったのだと考えているのだろう。
止められなかったのだから、自分もまた同罪だ。
すべてを独りで被り、消えて行こうとした男の覚悟に、負けた。
ジンを連れていく権利があると、思ってしまった。
「そう言や、スポンサー様方は納得してんのか?」
キリヒトは自分を担保にして、方々から多額の資金援助を受けていた。
「探るのもヤバそうなところばっかで、隠しておいて後々トラブルになんのもいやだからさ、恐る恐るあいつの死を伝えたわけよ。で、遺言通り、キリの骨を分骨するっつったら、皆さん怖いくらい素直に引いてくれたぜ」
いったいどういう魔法を使ったんだか。
幼馴染ながら、キリヒトには底知れない部分が多々あった。
「独りで組織をここまで大きくしたんだ。あいつは大した男だ」
「オレもけっこー頑張ってんだけど?」
上目がちに甘えると、
「オレやキリが好き勝手やれてたのは、いつだって、おまえのお陰だろ」
ジンは言葉を惜しまない。
「へへっ。わかってんなら、いーんだよ」
「身体が回復したら、一番に抱かせてやるよ」
「ダイゴはいーのかよ?」
「今回は、おまえ優先」
おまえが一番頑張ってるからな、と髪を撫でられると、温かくて無敵な気分になれる。
「……今回は、抱かれんのがいいかな」
「ずいぶん、甘えただな」
「愛が足りねー」
ブスッとつぶやけば、
「おまえも子育てしてみりゃいいんだ」
声を上げて、笑われた。
「つーか、リューのヤツ、すげーデッカくなりやがって、ビックリだ」
眩しげに、ジンが目を細めた。
「10年も放っといたら、そりゃデカくもなんだろ。つーか、何度か送ってやった映像にあったろ?」
「見てねーもん」
「……は?」
「だから、見てねーんだって」
顔なんかわかった日には、我慢できずに会いに行っちまうだろ?
ジンが当たり前のような顔で、肩をすくめた。
唖然とした挙句、
「……おっ前なぁ」
もはや、ため息が止まらない。
リューの成長過程の映像を手に入れるために、忙しい合間を縫って、リューが参加する作戦の後方支援部隊を自ら指揮したり、ストリート時代にはそれなりに裏ルートを駆使したりもした。
それが、見ていない……?
わなわなと拳が震えたが、
「んな、怒んなよ」
二カッと笑われると、やっぱりダメだ。
すべてが些細なことに思えてくる。
「あいつ、予想以上にイイ男に育ったなぁ。食堂にいた時とか、妙な色気垂れ流しまくりで、周りのヤツら飯もそっちのけで目ぇ釘付けだったしよ」
「……ああ、あの声はやっべぇな」
「食ったら、感想聞かせろ」
「おう。今度まんま、抱いてやる」
共犯者の笑みを交わし合う。
「傷の具合はどーだ?」
「かなりいい。もうちょいしたら起きていいって、ルイ先生のお許しも出た」
「あのルイってガキの医学知識は、何だ、ありゃ。バケモンか?」
当初、瀕死のジンを連れていくと言われた時には、殴ってでも止めようと思ったが、医療チームの誰一人として助ける自信がないと首を振る中、ルイだけが必ず助けると言ってのけた。
組織に移ってきてからジンの身体を診察した医療チームの面々が、驚愕しながら言っていた。
こんなにも綺麗で完璧な処置は見たことがないと。
「今や怪我人だらけの医療ブースを、大人顔負けに仕切ってやがる」
「それゆーなら、ハルだってすげぇだろ」
「ああ。ハルトにセキュリティーシステムをイジらせろ、こりゃリーダー命令だって、リューのヤツが言ってきかねぇもんだから、恐る恐る任せてみたわけよ。そしたら、時間がなくて放置してた細けぇバグを修正しまくった挙句、この短期間で全面的にプログラムごと書き換えやがった。ありゃ天才だな、マジで」
「マコトのナイフさばきも、噂になってんぞ」
「試しに、ダイゴとワンセットでチームに放り込んだら、バカにしてたヤツら全員のしたってよ。ナイフ持つと人が変わるって、面白過ぎんだろ」
その件じゃ、食堂ですっげぇ責められたと、ジンが苦笑する。
「つーか、もうオレら、引退してもよくね?」
半ば本気で身を乗り出すと、
「……相当疲れてんな」
頭をくしゃりと撫でられた。
「おーよ、慰めろ」
ん、とアゴを持ち上げれば、仕方のないヤツだと唇が降ってくる。
触れるだけのやさしい口づけが、まぶたと額に落ちた。
幼い頃、心と身体が痛くて泣きじゃくる自分に、いつもしてくれた、大丈夫のサイン。
「組織にはまだ、おまえの力が必要だ」
「病み上がり一発目は、ぜってーオレとだからな? ダイゴとヤりやがったら、ブッ殺す」
何度目とも知れない長旅から帰ってきたジンが、見知らぬ大男を連れてきた時には、本気で闇討ちしてやろうかと思ったものだ。
今でも到底、認めてなどやれないが。
ジンのすべてを受け入れようとするダイゴという男の器の大きさには、感心させられる面も多い。
何より、あのズバ抜けた戦闘能力は武器になる。
何かと死に急ぐジンの楯として、今後もそばに置くのに異論はなかった。
「んじゃ、行くわ」
もう、笑顔と匂いだけで、相当にヤバイ。
リューに火を点けられた身体が疼いて、早いところ帰って適当な相手で抜かなければ、仕事になりそうになかった。
立ち上がろうとした手を取られ、引き止められた。
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