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焦燥(煌牙side)
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深夜に目が覚めた。
ひどく身体が重かった。
息苦しいのは、もはやいつものことだ。
心臓がイカれているせいで、身体に充分な酸素が行き渡らない。
やたら汗が出たり、手足が冷えたり。
鏡の中、陸に打ち上げられた魚のように浅く小刻みな呼吸を繰り返す姿は、情けないのを通り越して、無様ですらあった。
物心ついた時にはすでに、胸に大きな傷跡が残っていたが、忘れて過ごせるくらい身体は健康そのもので、労わることさえ忘れていた。
おまえは極道の跡取りなのだから、人と気安く馴れ合うなと、友達一人作ることを禁じられ、ほんの少し普通に話したり微笑みかけた相手が、ある日突然引っ越したり、火事に合ったり、身体中傷だらけになって現れたり。
あいつに近づくと、不幸になる。
噂は恐怖を煽り、いつの間にか、まわりには誰もいなくなった。
それでも自分は父の後を継ぐのだと、孤独に負けるような弱い人間ではないのだと、自らの強さと存在意義を証明しようと、暴れ回った。
あの頃は、時間は無限にあると信じて疑わなかった。
病に足元をすくわれ、まるでゴミでも捨てるかのように父から見放されるまでは。
布団を身体に巻きつけたまま、窓辺に立ち、月を仰ぐ。
自分はいったい何のために生まれてきたのか。
あんなクソのような子供時代を過ごして、何も成し遂げないままに死ぬためか?
途方もない苛立ちと絶望、焦燥感にさらされ、気が狂いそうになる。
窓を開け放ち、叫びたい衝動にかられたが、初夏とはいえ、深夜の冷たい空気は身体に毒だ。
あれもダメ、これもダメ。
まるで棺桶に片足を突っ込んだ老人のように、自由がきかない。
いっそ自分の手ですべてを壊し、終わらせてしまいたい衝動にかられたが、自分の人生はこんなもんじゃない、まだ終われないと、奥深い場所から声がする。
今自分が消えたところで、世界は何事もなかったかのように巡るのだ。
だからといって何ができるのかと問われれば、破壊し、周りりに当たり散らすしか脳がない。
無価値でどうしようもない自分になおさら腹が立つ。
だが、すべてが無駄だったと認めてしまうには、なけなしのプライドが邪魔をした。
せめて、自分という男が確かにこの世にいたことを、広く思い知らせてやりたかった。
見れば、冴え冴えとした月明かりに濡れて、瞳ばかりをギラつかせた男が、窓ガラスに映る。
この深い闇の底で、背後から迫る死の足音を、ただ聞いている。
今にも消えそうに揺らめく、蝋燭の炎にも似た命を抱えながら。
……このままでは終われない。
命の限り、暴れ狂ってやる。
不意にはい上がってきた悪寒に、ベッドに戻ろうとした時、かすかなノックの音が室内に響いた。
聞き間違いかとも思ったが、再度、響く。
あまりに微かな音に、普通なら飛んでくるガード連中も、さすがに反応しなかった。
眠っているのなら、そのまま帰るとでも言いたげな、控えめ過ぎるやり方に、逆に興味をそそられた。
とりあえず確認だけはしておくかと、スコープをのぞき込むと、
「……」
見覚えのある顔があった。
初っ端から、殴る蹴るの暴力を振るったにも関わず、まったく懲りた様子もなく、近づいてくる阿呆。
遅ればせながらの闇討ちかとも思ったが、そういうタイプにも見えなかった。
ロックを解除したのは、単なる気まぐれだ。
昼間の誤解を解き、元気なのだと見せつけたい意図もあった。
「……るせぇな。うせろ」
睨むだけ睨んで閉めようとしたドアを、足先を突っ込んで止められた。
「夕飯、食ってないだろ? 適当に作ってきた」
言うと、トレーに乗せられた土鍋の蓋を取り、チラリと中をのぞかせた。
ふわりと、だしのいい匂いが漂う。
食欲より、その温もりに惹かれ、思わず土鍋を見つめると、ほんのわずかだが士郎の瞳がやさしくなった。
「……ドアの外に置いておく。気が向いたら、食ってくれ。ちなみに中身は、薄味の卵粥だ」
そのまま中に入れてくれと無理を言うこともなく、あまりに潔く去っていく。
置き去りにされたトレーを、呆然と見つめた。
塩分もたんぱく質も極端に制限された身体で口にできる食事は、限られていた。
極端な偏食で周りをだまし通すつもりだったが、薄味の卵粥は奇跡的に安心して食べられるものの一つだった。
グゥ……。
腹の虫が盛大に音を立てる。
一口だけだと言い訳しながら、トレーを持って室内に戻った。
どうせ不味いに決まっていると、試しに一口すすると、ふんわりと卵と米の甘さが広がった。
薄味だが、しっかりとだしが効いているせいで、文句なしに美味い。
スプーンをすくう手が止まらなくなる。
気がついた時には、皿は空になっていた。
ほどよく満たされた腹から、ポカポカと温もりが広がっていく。
具合が悪そうな転入生を心配して、わざわざ夜食を持ってくるなど、お人好しにも程がある。
時間を持て余した人間のやることは、総じて不可解だ。
夕食を取らずじまいで、結局飲み忘れていた薬を水で流し込むと、再びベッドの上で丸くなり、恐怖と苛立ちを押し殺しながら目を閉じた。
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