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欲しい(アキラ)
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頬に触れられた瞬間、わかった。
ここのところずっと自分を支配していた不可解な感情の正体が、拡散していた像が焦点を結ぶように、明らかになる。
……この男が欲しい。
その瞳に映りたい。
毒のように甘い声を、独り占めできたなら。
かつて誰にも侵されたことのない、奥深い場所が、甘く切なく疼く。
……恋人がいるのはわかっていた。
弟を探し出す以外のすべてを捨てたはずだろう、そう己に言い聞かせてみても、どうにもならない。
目をそらしても、耳をふさいでも、細胞の一つ一つが気づけば龍之介を追っていた。
輝いて見せたらなら。
振り向いてくれるだろうか?
一度でもいい、この男と肌を重ねることができたなら。
自分の瞳に映る閉塞した世界も、少しは色あるものに変わる気がした。
欲望は制御不能なまでに膨れ上がり、気づけば龍之介の腕をつかんでいた。
「……最高の一枚が撮れたら」
自分を見つめる、この熱のない瞳が燃え上がる炎のように火を噴いたら……想像だけで身体が熱くなる。
「抱いて……くれるか?」
語尾がかすかに震えた。
「は……? いきなり何言ってやがる」
高揚する自分とは対照的に、龍之介は熱でもあるのかと言いたげな、呆れ顔だ。
絶望的な恋かもしれない。
それでも、口にしなければ届かない想いがある。
「……おまえにだけは」
真っ直ぐに、呆れを隠さない黒曜石の瞳を見つめ返した。
「甘えてもいいんだろう……?」
「……確かに、甘えろとは言った。けど、悪ィな。そういう意味では応えてやれねェ」
龍之介が静かに、ため息をつく。
「……それによ、仮に最高の一枚が撮れたところで、そりゃ、カメラマンの腕のお陰でもあンだろーが」
「それは……」
「……つーか、勃たねェよ。興味ねェんだ、アイツ以外。どーだっていい」
ようやく自覚した想いを、告げる間もなく、切り捨てられた。
勘違いだと押し殺せば、そのうち忘れるとでも言いたげに。
やさしいのか酷いのかわからない男だ。
ここで引いたら、この告白自体、100パーセントなかったことにされるに決まっていた。
終わらせたくないのなら、戦うしかない。
「……おまえを熱くできたら?」
プライドなど粉々に砕け散ったっていい。
叶えることができないまでも、せめてこの想いに殉じたかった。
とその時、すがるようにつかんでいた腕が、不意にブルッと震えた。
熱のなかった瞳に、一瞬にして炎が宿る。
龍之介の視線の先を追えば、射撃場の入り口をくぐって入ってくる士郎の姿が見えた。
「……アイツとやり合うつもりかよ?」
ただでさえ甘い声が濡れて、壮絶な色香を放つ。
自分と向き合っていてさえ、この男が見つめるのは自分ではないのが悲しかった。
……それでも。
その瞳に見つめられたい欲が、あらゆる感情を焼き尽くす。
「……そうだと言ったら?」
「……当て馬になる覚悟は、できてンだろーな?」
迷うことなく、頷いた。
「ドン底の精神状態ン時でも……」
「カメラの前で無様な姿は見せない。裏の仕事にも支障を来さない。……約束する」
険しかった龍之介の瞳が、不意にフッと和らいだ。
「……欲しいものを欲しいって言い切るヤツは、嫌いじゃねェよ。……いいだろう、乗ってやる」
おまえの粘り勝ちだと肩をすくめられ、叫び出しそうなほどの歓喜が走った。
「……っ」
だか、喜んだのも束の間に、
「……相手がオマエなら、アイツも燃えンだろ」
楽しげに愛しい男を横目で追いながら、龍之介が笑う。
結局その瞳に映るのはたった一人なのだと、繰り返し思い知らされた。
こんなにも痛く、切なく、絶望的な思いを繰り返しながら、自分はいったいどこに向かっているのか。
ただ一つはっきりしているのは、龍之介のいない天国は、龍之介のいる地獄に、遥か遠く及ばないということだ。
「……ポルノじゃねェんだ、しっかり鎮めてから写れよ?」
報酬を想期待して突き上げた哀しい欲望を笑いながら、龍之介が離れていく。
不意に視線を感じて目を向ければ、士郎が射るような瞳でこちらを見つめていた。
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