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恐怖(士郎side)
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指先でアキラの頬に触れた龍之介を見て、心臓が止まりそうになる。
触るなと叫びそうになる自分を、必死に抑えた。
克己達の手で新たに創造されたアキラの姿を見て、悟った。
……次元が違う。
生徒会役員をはじめ、綺麗な人間は数多く見てきたが、アキラには人の視線を吸い寄せる、独特の張り詰めた空気感があった。
極寒のシベリアの大地で孤高に生きる、狼を見る時のような、鮮やかでどこか物悲しい感動が胸に迫る。
この男に本気で手を伸ばされたら。
自分のような平凡な人間に、いったい何ができるだろう?
絶望にも似た恐怖を、必死に押し隠そうとした。
こんな時、普通の恋人同士なら。
やさしく肩を抱くなりして不安を癒してくれるのだろうが、龍之介にそれを望めるはずもなく。
さんざん挑発してくれた挙句に恋敵の肩を抱き、甘い言葉一つかけることなく立ち去っていった。
その広い背中が語っていた。
自分ではい上がってこいと。
一気に全身が冷たくなる。
カメラを持つ手が小刻みに震えた。
ファインダーをのぞき、アキラの人ならぬ美貌を正面から切り取る自信など、ありはしない。
こちらはズブの素人だ。
いっそ、逃げ出してしまいたかった。
さっきまで確かにあったはずの温もりはすでに遠く、胸の内に広がる闇の方が遥かに色濃く心を支配していた。
「シロちゃん、どーしたの? ……真っ青だよ」
克己に腕をつかまれて、我に返った。
「……何でもない」
「その顔で何でもないとか、説得力ゼロなんですけど。まぁ、原因も理由もわかるから、突っ込んでは聞かないでおくけどね」
「……そうしてもらえると助かる」
心配してくれるのはありがたいが、これはあくまで、自分自身の心の問題なのだ。
立ち向かうことでしか超えられないと、わかってもいた。
断崖絶壁に立たされても、臆することなく前を向けるかどうか。
龍之介の魂を熱くできる人間かどうかを、試されている。
不意に、アキラもまた震えていたことを思い出す。
好んで世に出たがっているようには、到底見えなかった。
それでも弟のために立つと決めたのだ。
強い弱いに関わらず、立ち向かう人間が、龍之介は好きだ。
自分ばかりが立ち止まっていては、いずれ本当に置き去りにされてしまうだろう。
深呼吸を繰り返して、カメラを握り直す。
己を叱咤しながら、決戦の場である射撃場に向かった。
そして、目の当たりにする。
龍之介への想いを隠さず、必死に抱いてくれと迫るアキラがいた。
普段、感情を表に出さない男のそれが爆発する様は、ひどく鮮やかだ。
状況も忘れて見惚れた刹那、不意に龍之介と目が合った。
「……っ」
嬲るように、龍之介が笑う。
ゾクリと、身体の奥底から引きずり出されたのは、欲望なのか、愛しさなのか。
あらゆる感情をかき立てられ、暴かれ、弄ばれる恐怖に、震えた。
「……いいだろう。乗ってやるよ」
どこまで耐えられる?
黒曜石の瞳が問いかけてくる。
愛情の深まりに比例して、ひどくなる責めに、屈した時が終わりだと、互いにわかっていた。
……もはや戻れない。
静かに覚悟が、定まっていく。
こういう愛し方しかできないと、泣くように笑う龍之介を見た時に、決めたのだ。
命を取り合うように愛し合いたいのなら、かまわない。
この命ごと、くれてやると。
どこまでも共に、堕ちていく。
その果てに疲れ切って、壊れたなら。
骨は龍之介が拾ってくれるだろう。
……それでいい。
ようやく凪いだ心で、真っ直ぐ挑むように、アキラを見た。
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