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対面(ルイside)
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撮影で周りが盛り上がる中、一人抜け出すと、医療ブースで器材をチェックした。
手術に必要な薬剤は、一通りそろっている。
あらかじめ龍之介を通して、リンに伝えていたお陰だ。
医療モジュールに引きこもり、ひとしきり手技の確認をした後、いよいよ士郎から聞いていた虎の住処を訪れた。
ロックを解除して部屋に入るなり、ベッド上でPCをいじっていた男がこちらを振り返る。
とても死にかけの病人とは思えない、触れれば切れそうな冷ややかな視線だった。
長めの黒髪に、切り立った崖のように鋭く整った顔立ち、すさみ切った眼差しからは、闇の匂いが深く香り立つ。
一般生徒ならば震えて立ち尽くしたかもしれないが、こちらも伊達に道なき道を生きてきたわけではない。
端からナメられるのは御免だと、正面から視線を受け止めながら、手近な椅子に腰を下ろした。
「煌牙だな?」
「……そーゆーてめぇは、何もんだ?」
地をはうハスキーボイス。
爆発寸前の火薬庫を思わせる、不穏な空気感が膨れ上がる。
手ごたえのある相手は嫌いではない。
だが、手綱は握られるより、握っていたい方だ。
「イカれた心臓の具合はどうだ?」
爆弾を落としてやると、
「……っ」
煌牙の頬が目に見えて、引きつった。
「……てめぇ…っ」
「この先、命を預ける相手だ。丁寧に扱って損はないと思うぞ」
「……あぁ!?」
「おまえの手術を執刀する、ルイという」
一瞬固まった煌牙の額に、立て続けに青筋が浮かび上がる。
「……ざけんじゃねーぞ。てめぇみてーなガキに、誰が……」
「ガキが嫌なら、他を当たればいい」
「……っ」
煌牙の瞳が切迫した光を帯びた。
ここにたどり着くまでに、できる限りの手は尽くしたのだろう。
生につながる、これがおそらくは唯一の、そして最後の道だと理解している。
全身から湯気のように色濃く立ち上るのは、怨念にも似た未練、執念の気配だ。
生き切って悔いはないと言える人生を送ってきた者は、こんな飢えて渇いた瞳はしていない。
たとえば、龍之介なら。
いつ死と直面しても、周りが呆気に取られるほど潔く、まるで古い友人にでも出会ったかのように笑って逝くだろう。
時を凝縮して生きているから、実際の時の長さは大した問題にはならない。
生き切ったと言えるかどうか。
結局はそういうことなのだと、幾多の命の極に立ち会った末に、思うようになった。
「おまえは、どうしたい?」
囚われ、閉塞感の中でもがき、壁にぶち当たりながら、ただひたすらに吠え続けたのは、いったい何のためだ?
無数の傷から絶えず失われた血が、足元に血溜まりを作っても、この闇の先には何かがあると信じたからだろう。
唇を噛み締めた煌牙が、視線をシーツに落とす。
流れ落ちた、ふぞろいな前髪が、その表情を隠した。
「……れ」
「聞こえないな」
「切れよ……!」
斬りつけるように、睨み上げてくる。
屈辱に震えながらも己のプライドをねじ伏せ、生に縋る姿を、惨めだとは思わなかった。
消えかけた命の必死で真摯な輝きに胸を打たれるのは、いつだってメスを握るこちらの方だ。
「……わかった」
煌牙の瞳が訝しげに揺れた。
弱さは悪だと、骨身に染みるほど教え込まれてきたのだろう。
歩み寄り、くしゃ、と髪を撫でると、勢いよく振り払われた。
「……何しやがる……っ!?」
「おまえがすべてを賭けてオレを頼るなら、オレも全力を尽くしてそれに応えよう」
今度こそ、煌牙が絶句した。
「独りで生きてきたんだろ? オレも昔はそうだった。リューと会うまではな」
「また、あいつかよ……」
煌牙がチッと舌打ちをした。
苦虫を噛み潰したような顔からは、龍之介にやり込められた跡が見て取れる。
まるで昔の自分を見ているようで、可笑しさと苦さと懐かしさが同時に込み上げてきた。
いつか煌牙にも、仲間と呼べる相手が見つかるといい。
その時間を与えてやるためにも、自分は全力を尽くすだけだと、立ち上がった。
これしかないと断崖絶壁の路を提示され、路を行く覚悟は定まったように見えたが、誰だって命の極にはらしくもなく揺れるものだ。
「……おい、腕は確かなんだろうな?」
口にした端から弱音を吐いた自分に苛立ち、煌牙は大きく舌打ちした。
揺れるのは、生きたいからだ。
誰も蔑んだりなどしないのに、弱音を吐くな、強くあれと、幼い頃から刷り込まれた呪縛に、未だ深く囚われている。
哀れで悲しい獣が、耐え難いほど長いこの夜に、自分と話すことで少しでも楽になれるのなら。
少しつき合ってやるのも悪くはないと、再び腰を下ろした。
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