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衝撃(煌牙side)
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一度は立ち上がったルイが、何を思ったのか、再び椅子に腰を落とした。
背中の中程まであるストレートの金髪がふわりと揺れて、黒服の肩に鮮やかに散る様に、目を奪われた。
男ながらに綺麗という言葉が脳裏を過るほどに、端正な顔立ちをした男だが、青い目は相変わらず、射抜くように鋭い。
薄く形のよい口元も、真一文字に引き絞られたままだ。
こちらに気を遣ったり、好かれようという気配など微塵も感じられない。
物言いは鋭く、深く胸をえぐるが、一直線にくる分、下手に同情めいた物言いをされるよりは遥かに受け入れやすかった。
士郎のような傍迷惑なほどの包容力や温もりからは程遠いものの、この先どう転ぼうが、この男なら。
最期の時も静かに、命の終わりを見届けるのだろう。
龍之介といい、ルイと名乗るこの男といい、底知れない威圧感に、ともすれば気圧されそうになる。
こんなことは今までの人生をで、ついぞ味わった経験がない。
冷徹さと紙一重の揺らがない軸を、自分さして変わらない年の男達が、いったいどのように手に入れたのか。
不覚にも興味がわいた。
「……おまえ達は、いったい何だ?」
「さぁな」
ルイが肩をすくめた。
「強いて言うなら、生まれてきた理由さえわからないまま消えていこうとしている命の、受け皿みたいなものか」
「……意味わかんねぇ」
「元は捨て子だ。オレもリューもな」
親の顔も知らない、と語るルイの表情に、不思議と暗い陰は見られなかった。
「この国にも、福祉の手の届かない深い闇はある」
「……施設育ちってことかよ?」
「そんなまともな環境の中で、リューみたいなヤツが育つと思うか?」
戸籍がない、と不意に視線を重ねてきたルイが、静かに言った。
「わかるか? オレ達は、社会から抹殺された人間なんだ」
その言葉の放つ闇の深さに、ゾクリと肌が泡立った。
「鉄砲玉に育てるもよし、売り飛ばすもよし。行き場のないガキは格好のカモだ。おまえの実家でも、ずいぶん重宝したんじゃないか?」
「……バカな誘いに引っかかる方が悪い」
「さすがは世間知らずの、お坊ちゃんだ」
鼻で笑われた。
「まともに食えない状況下で、美味そうな菓子の一つでもブラ下げられたら? 弟や妹を腹一杯食わせてやりたい、それだけのために命を投げ出した仲間もいた。誰もがただ生きたいと必死だっただけだ。……今のおまえと、いったい何が違う?」
「……っ」
反論しようとしたが、上手く言葉が見つからなかった。
食事に事欠く生活など、想像したこともない。
「おまえだって、さっきオレにすがったろ?」
蔑みを含んだルイの言葉が深く鋭く胸を……プライドをえぐった。
「生きるか死ぬかの瀬戸際で、まともな道を選べるガキは、ほんの僅かだ」
己の視野の狭さが滑稽で、ルイの言葉の残酷なまでの正しさに、ただひたすらに打ちのめされた。
同時に、二十歳そこそこの若造に命を預けようとしている己の選択を、嘲笑われた気がした。
「……確かに、正気の沙汰じゃねーな」
自虐的な笑みが浮かんだ。
心臓の世界的権威と呼ばれる医者でさえ、救える確率は1パーセント未満だと言い切った。
そういう意味では、ほとんど万に一つの賭けだ。
「そう悲観することもない。少なくとも、おまえを診たどの医者よりも、オレの方が腕がいいことだけは確かだからな」
「……吹いてんじゃねぇぞ」
「事実だ」
ルイが何人かの医者の名前を挙げた。
みな、その道の世界的権威で、手術を打診しては断られた医者たちばかりだった。
「患者がどうしても死なれちゃ困る大物や、極端に難易度の高い手術になると、必ずオレを呼ぶ。どーしょーもねぇジイさんたちだ」
「……っ!?」
この年齢でそれほどの技術を身につけることなど不可能だと理性が叫ぶのに、ルイの醸し出す底知れない空気感にあっとうされた本能が、この男ならありうると素直に受け入れてしまっている。
「信じるも信じないも、おまえ次第だが、士郎のヤツには、返しきれない借りがある。あいつに呼ばれたからには、全力を尽くす。おまえは生き延びることだけを考えていればいい」
あいつに会えてよかったな、と言い置いて、部屋を出て行くルイを、半ば呆然と見送った。
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