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喪失(龍之介side)
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「……行ってくれ」
もう充分だと、アキラが胸を押す。
そんな表情で、何が充分だ。
苛立ちをぶつけると、心底驚いた顔をした後、笑った。
あまりに綺麗に……鮮やかに笑うから。
胸を突かれて、動けなくなる。
軽やかに腕の中から抜け出すと、強い意志を感じさせる背中が去っていく。
けして楽な方に逃げず、自分以外の何かのために己のすべてを捧げようとする姿は、気高く尊く、触れてはいけない聖域のように遠く眩しい。
手の中から大事なものがすり抜けていく。
失われていくものを、ただ黙って見つめていた。
霧がかった閉ざされた世界で、一つの恋が終わりを告げる。
大切な者を失ったのは、けしてこれが初めてではなかったが。
心臓を握り潰されるような痛みに慣れることなど、永遠にありはしない。
呆然と立ち尽くしていると、
「カット……!」
大きな声が響いて、辺りが騒がしくなった。
頭の上に、ふわりと布が降ってきた。
どこか懐かしい匂いがした。
抱きしめる腕の確かさに、胸が詰まる。
少しだけ……寄りかかってもいいだろうか。
……少し、疲れた。
そっと目を閉じて、壊れ物を扱うように抱きしめてくる肩に、額を預けた。
タオルの陰に隠れて、ほんの一瞬、弱さをさらすことを、自分に許した。
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