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進む(士郎side)
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「……んだ、ありゃ」
あまりのバカさ加減に、言い返す言葉も浮かばなかったのか、煌牙が頬を引きつらせた。
苦笑しながら、ジェイが返す勇気もなく机の上に置いていった枕を手に取ると、煌牙に渡してやった。
「……あいつの目に映る世界は、いつもきっと晴れ渡っているんだろうな。お調子者だが、けしてバカじゃない。あいつはあいつなりに、おまえが心配なんだ」
「……偉そうに、何様だ」
「あれで何気に、一部のファンからは白馬の王子様扱いされてるらしいぞ」
「……言ってて、口腐んねーか?」
「こそばゆくはあるな」
「……日本語しゃべれ。……ジジくせぇ」
「ひどい言いようだ」
「だからいちいち、堅ぇんだよ、……てめぇは」
驚くことに、会話が成立していた。
実に嫌そうに、面倒くさそうに。
それでもポツリポツリと、短い言葉が返ってくる。
胸の辺りがじわりと、温かくなった。
煌牙の視線の先を追えば、窓の外の緑が視界一杯に広がった。
「……いい天気だな」
日増しに強くなる初夏の陽射しも、早朝は未だにやわらかい。
鳥の鳴き声が楽しげに響くのも、耳に心地よかった。
「風に当たりに、少し外に出てみるか?」
断られることを承知で、言ってみた。
「……ずっとここにいんのも、息が詰まる」
意外にも肯定とも取れる返事が返事が返ってきて、今度こそまじまじとその横顔を見つめてしまう。
「……これが見納めかもしんねぇしな」
鋭く整った顔が、自虐的に笑った。
「……っ」
胸をつかまれた気分で、口をつぐんだ。
「しけたツラ、見せんな」
拒絶の言葉が、まるで慰めのように響く。
何がきっかけだったのかはわからない。
だが、煌牙の中で何らかの変化が起きているのは確かなようだ。
この機を逃してはならないと、本能が騒ぐ。
善は急げといきたいところだが、今朝は自分自身の体調にも不安があった。
大抵の生徒相手なら生徒会長の威光でどうにでもなるだろうが、制御のきかない荒くれ者達も一部にはいる。
手術前の大事な時期に有事の際のガードは欠かせなかった。
問題は人選だが。
煌牙が食べ終わるのを待って、言った。
「ファーストにコンタクトを取ってもいいか?」
煌牙の鋭い視線が突き刺さる。
「……その口振りじゃ、どーせ逐一、報告してんだろ」
勘がいいなと、肩をすくめた。
「……黙っておとなしくしてるヤツらじゃねーし」
一度口をつぐんだ煌牙は、やがて、低い声音で言った。
「……サードのクソ野郎がいねぇなら、いい。呼べ」
溝は相当に深そうだと息をつく。
この分ではサードに会わせるのはおろか、話を持ち出しただけで興奮のあまり、ようやく緩みかけた扉そのものが閉まりかねなかった。
術前にサードと煌牙を会わせるのは不可能かもしれないと思いかけて、何を弱気なことをと、首を振る。
最後の最後まで、チャンスはけしてゼロではない。
長年自分だけを一途に想い、ボロボロになりながらも必死に追い続けてきた人間もいるのだと気づいたなら。
少しはこの世界も捨てたものではないと、思えるのではないか。
スマートフォンを手に取り、煌牙に視線を定めながら、ファーストの番号を呼び出した。
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