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苦い思い出(煌牙side)
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「ゆきやを返せっ」
ハッとして、父の背中を追いかけたが、目の前に火花が散った。
衝撃で地面に転がり、打たれた頬を押さえて、呆然と父を見上げた。
「目ぇ覚ませ。おまえは人の上に立つ人間だ」
反論したかったが、ヘビに睨まれたカエルのように身がすくみ、動けなかった。
「……無駄に馴れ合えばどうなるかを知る、いい機会だ。二度とこいつには会えないと思え。悔しかったら、強くなるんだな。オレを超えたら、すべてを好きにできる」
着流しを翻す姿が、まるで般若のように見えた。
連れていかれたら終わりだと、本能で悟った。
無我夢中で追いかけ、そのたびにゴミのように殴られ、蹴り飛ばされた。
誰も助けてはくれなかった。
いつ気絶したのか、意識が戻った時、屋敷の布団に寝かされていた。
母が泣いていた。
全身の焼けつくような痛みより、悔しさで涙が止まらなかった。
「ゆきやは……?」
皆がそろって、目をそらす。
焦り、起き上がろうとしたが、身体中がバラバラになりそうな痛みの中で、うめくことしかできなかった。
あの後の記憶はひどく曖昧だった。
少しは自由に動けるようになり、ゆきやを探し回ったが、見つからず、殴られるのを覚悟で、父に詰め寄りもした。
「あのガキなら、使えねぇ父親と一緒に消してやった」
始末……?
恐ろしい言葉の響きに、氷りついた。
幹部や下っ端連中の会話の中で、聞いたことがある。
ある日いきなり、人が消える。
その時に決まって使われる言葉だ。
消されたら、二度と会えない。
終わりだ。
なら、ゆきやは……?
「返せ……!」
殴りかかったが、再びゴミのように殴られ、面倒をかけさせるなと、寒くて狭い場所に閉じ込められた。
その後はもう、めちゃくちゃだった。
慰めを求めて拾ってきたノラ犬を、馴れ合うなと目の前で撲殺されたり、ゆきやを助けたいと相談を持ちかけた下っ端は次々と姿を消した。
笑顔など、遠に忘れた。
心は冷えて乾き、すべてが灰色に覆い尽くされ、憎悪ばかりが胸を焼いた。
その後は己の存在証明のように荒れ狂い、もともと傷だらけだった心臓を痛め、今はこうして死にかけている。
恨みのすべてを父親にぶつけ、共に滅びてしまえと怒りのままに突っ走ってはみたが、何一つ満たされない。
自分の人生がひどくくだらないものに思えてならなかった。
ゆきやは、今どうしているのだろう……?
生きているのか、死んでいるのか。
それすらわからなかった。
否……知るのが怖かったのだと思う。
自分のせいでゆきやが消されたなど、耐えられない。
立ち向かっているようで、結局はあきらめ、逃げただけの自分を嘲笑う。
「……っ」
浅い眠りから覚めると、湿気を含み始めた春先の風の中で安らかに眠る、士郎の姿があった。
思わず、手を伸ばした。
頬に触れると、ん……、と吐息が漏れる。
温かさに、ホッとした。
胸が詰まる。
ゆきやと士郎が重なり、失いたくない思いが膨れ上がり、思わず抱きしめていた。
視線の先でファーストと目が合い、バッと腕を振りほどく。
突き飛ばされた士郎が、呻きながら、身体を起こした。
「ん……、寝てたのか。なぁ、おまえ今……」
何かを聞かれる前に、背を向けて、歩き出す。
欲しいものは、いつだって手の中からこぼれていく。
そんなものだと思った。
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