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雪夜(煌牙side)
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士郎が部屋に戻ってきた。
今夜は身体が重くて早々にベッドに入っていたため、視線だけでうるせぇ静かにしやがれと、無言の抗議を送る。
士郎はいつになく難しい顔で近づいてくると、黙ってベッドに腰かけた。
その手の中にはA4の紙が数枚、握られている。
何か話しづらいことでもあるのだろうと踏んだが、生憎こちらから口火を切ってやるほど、やさしい性格はしていない。
困るなら困れと意地の悪い思いで見つめながらも、紙に書かれた内容はどうしたって気になった。
いっそ強引に紙を奪ってしまおうかと思いかけた矢先、士郎が重い口を開いた。
「……煌牙。雪夜という少年のことを覚えているか?」
思わずカッと目を見開いた。
「悪いが、少し調べさせてもらった」
「……てめぇ」
「雪夜の正体がわかったと言ったら、知りたいか?」
どこであいつのことを知ったと問おうとした言葉が霧散する。
勢いよく起き上がり、士郎の手の中から紙の束を奪った。
一気に読めないのが、もどかしい。
必死で活字を追った。
相模雪夜。
ゆきや……。
思わず紙を握りしめた。
一時は取り憑かれたように行方を探そうとした。
だが、世の中にはいくら金を積んだところでけして得られない類の情報が存在する。
接触した表はもとより闇の情報屋からも、トップシークレット扱いになってるからアクセスできない、割に合わないと断られ続け、脅しかけてもみたがダメだった。
あんたが組のトップになったら再度取引に応じてやると、半ば強引に話を打ち切られて、今に至る。
「てめぇ、どうやってこれを……」
いや、そんなことはどうだっていい。
とにかく雪夜の情報が先だと、食い入るように視線を走らせた。
「……っ!?」
顔から血の気が引いていく。
指先が細かく震えた。
最後の一文字を読み終えた時、紙の束をまとめて床に投げつけた。
紙は音もなく白い弧を描きながら宙を舞い、ふぁさりと床に広がった。
まるで重みのない綿雪のように……。
怒りと悲しみ、混乱とやり切れなさで、身体も心も千切れそうに痛くてたまらなかった。
自分の人生の中で唯一と言っていい、やさしく綺麗で尊い記憶と、この世で最も憎むべき相手の陰が、激しく交差し合う。
……知りたくなかった。
自分の知らない場所で雪夜はきっと幸せにやっていると、どこかでありえない夢を描いていた。
「よりによって、あいつかよ……っ」
否、紙の上に記された壮絶な生き様が、すべて自分のせいなのだと思ったら。
もはや何のために生きているのか、生にすがる理由さえ見えなくなった。
闇だ。
雪夜を失ったあの日からずっと、深い闇の中にいた。
温もりに抱き寄せられて、抗った。
だが、抗っても抗っても、抱き寄せる腕は緩まない。
深く静かに、熱を移された。
ガラクタだらけの世界にも、ほんのわずかにだが価値あるものもあるのだと、無言の内に語りかけてくる。
もはや抗う力もなく赤子のように抱きしめられたまま、遠くに見え隠れする、かすかな光にすがった。
「……んで……っ」
なんで、あいつなんだ?
なんで、雪夜がこんな目に?
なんで、親父と寝た……っ?
「……っ」
息が苦しい。
喉と胸を押さえた。
「煌牙……!? ルイ、今すぐ来てくれ! 煌牙が発作を起こした……!」
意識が遠のいていく。
……もう、いいか。
死ぬ前にせめて巨大な花火でも上げて、自分を見下し虫けら扱いしてきた父親を見返してやりたいと思ったが、それももう、どうだってよかった。
……疲れた。
周り中、敵だらけで、気ばかり張って、常に拳を振り上げて。
その果てに、いったい何がある?
何もない。
欲しいものは全部、この手をすり抜けていく。
だったらもう、ゆっくり眠りたい……。
深い闇の底で、ただ静かに眠りたかった。
雪夜……。
……ごめんな。
幼い雪夜の微笑みが、まぶたの裏で紅く染まり、やがて儚く溶けて消えていった。
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