アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
焦り(士郎side)
-
「ねぇ、あの二人、おかしな具合にこじれてない?」
朝目覚めると、熱は嘘のように引いていた。
周りの制止を振り切り、役員棟のキッチンで手早く野菜を刻んでいると、相変わらず眠そうな顔の克己が近づいてきた。
今朝から、朝食の席には新たな二人が加わった。
雪夜を得た今、もはや逃げ出す理由も益もないはずだと、キッチンやトレーニングルームのある比較的重要度合いの低い同フロアに限り、体力作りも兼ねて、煌牙を自由に歩かせることにした。
だが、二人を取り巻く空気の重さに、皆一様に驚き、戸惑いを隠せずにいた。
「あー……、雪夜は何か好きな食いもんとかねーの?」
ジェイが当たり障りのない話題で沈黙を破ろうと試みるも、
「好きなもの……? えっと……甘いもの、かな? ……ごめんなさい、料理の種類って、実はよくわからなくて……」
申し訳なさそうな雪夜の回答に、食事を楽しむ余裕すらなかった生活が透けて見えて、
「え……あ、こっちこそ、悪ぃ……」
ジェイの声も自然と尻すぼみになる。
そばにいろと煌牙が告げ、雪夜が幸せそうに微笑んだ時には、てっきりこのまますべてがうまくいくように思えたが、そう簡単にはいかないらしい。
罪悪感に凝り固まった煌牙と、あきらめることに慣れ過ぎた雪夜。
当事者だけでどうにかできればよかったが、二人とも恋愛に関してはひどく不器用で不慣れに見えた。
それは自分にしても同じだったが、自分の場合はあらゆる面において常に龍之介がリードしてくれた。
勝手に離れていこうとした時だけは強引に引き留めもしたが、通常は自分が怒ろうがヘソを曲げようが、持ち前の強引さで前を向かされた。
それこそ、濁流に飲み込まれるようなものだ。
気づけば常に、龍之介の腕の中にいた。
身動きもままならないほど深く抱きしめられ、教え込まれた。
自分が誰のものなのかを。
……足りねェ、もっとオレに堕ちてこい……。
慌てて首を振り、龍之介の毒のように甘い声の幻惑を脳裏から追いやろうとした。
思い出すだけで、心拍数が上がる。
不意に、清めて再び棚の奥深くにしまい込んだ龍之介の張り型が脳裏を過ぎり、ガタンと鍋をコンロに叩きつけた。
「……シロちゃん、色ボケし過ぎ。どうでもいいけど、ご飯だけは焦がさないでね?」
何もかもを見透かしたような目で、克己が笑う。
バツが悪いったらない。
かと言って、どうしたものかと悩んでみても、自分が何か意見したところで、あのへそ曲がりの煌牙が聞き入れるようにも思えなかった。
「シロちゃんって、こと恋愛においてはまるで頼りにならないよね」
「……すまん」
「まぁ、ここは僕に任せといてよ。ご飯食べたら、しばらく雪ちゃん借りてくから、トラ君のフォローよろしくね」
小声でささやくなり、パタパタと達也の元に駆けていく。
下手に引っかき回すようなことにならなければいいがとは思ったが、刻一刻と時が迫っているのもまた事実だった。
五分五分にも遠く及ばないほど、煌牙が臨む手術の成功率は低かった。
だからこそ、せめてどんな結末を迎えるにせよ素直に寄り添える、温かい記憶を残してやりたかった。
残す側にも残される側にも、覚悟がいる。
最近はもう、時計の針の音にさえ焦りが募った。
どんな作戦でもいいからとにかく上手くいってくれと、切に願うしかない自分が、ひどく無力に思えた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
147 / 297