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届く(煌牙side)
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この熱のある真っ直ぐな瞳には、覚えがあった。
途端に、すべてのピースがカチリとはまる。
「おまえ……、雪夜……だな……?」
未だ半信半疑で口にした瞬間、女がハッとしたように己の髪に手をやった。
その絶望と恐怖に彩られた表情が、言葉より雄弁に事実を語っていた。
逃げ出そうとした腕を、慌ててつかんだ。
「痛……っ」
傷のある場所をつかんでしまったらしく、綺麗な顔が痛みに歪む。
ひるんだが、このバカの無鉄砲さは呆れるほどだ。
今行かせたら何をしでかすかわかったものではないと、場所を変えて腕を引いた。
しばらくはそれでもひどく暴れていたが、
「逃げんなら、全力で追いかける」
オレを殺してぇなら行けと、心臓のことを口にした途端、面白いようにピタリと動きが止まった。
シン……と深い沈黙が落ちた。
驚きが大半を占めていた意識が収束するにつれて、先ほどの告白が浮き彫りになる。
打算に満ちた告白は、数限りなくされてきた。
だが、こんな……なめらかな頬をこぼれ落ちる涙の雫のように透明で清らかな告白は、はじめてだった。
「そんなに……、オレがいいのかよ」
己の声がひどく疲れて、苦しげに響く。
愛しさと憂い、罪悪感と誇らしさ、憎しみや後悔までもが渾然一体となって、せわしく脳裏を駆け巡る。
そして、気づいた。
とっくに、雪夜には自分しかいないのだと。
償いなど少しも望んでいない相手に罪悪感で接して、なりふり構わず求めさせるほどに追い詰めて。
「……何やってんだかな……」
「…ひ…っく」
「……おまえさ、オレのモンに……なるか?」
覚悟を決めて言えば、雪夜がゆっくりと顔を上げた。
信じられない……と見開かれた瞳。
「終わりかけの命でよけりゃ、くれてやるよ」
ボロボロに泣き疲れた顔が、再びくしゃりと歪んだ。
殺されてやると決めた時から、思えばとっくにこの身は雪夜のものだった。
残りわずかな命なら。
せめて最後に、こいつを笑顔にしてやりたい……。
人のために何かをしたいと思う日が来るなんて、驚きだったが、滑稽な自分に呆れはしても、不思議と心は安らいでいた。
やわらかそうな頬に触れると、そっとためらいがちに指先を重ねられた。
温もりが行き交う。
夜の底に二人きり。
シンシンと降り積もる雪のように折り重なっていく想いがあった。
言葉を交わす必要もない。
不思議なほど静かで満たされた時が流れていく。
病に倒れてから……否、幼い日に雪夜を失って以来、こんなにも安らかな時を過ごすのは、はじめてかもしれない。
もう、このままゆっくり眠ってしまいたい……。
そんな思いを察したように、
「……眠ってください、坊」
労わりに満ちたやわらかな声が、揺りかごのようにやさしく鼓膜を揺らした。
「大丈夫、ずっと……ずっと、そばにいますから」
この夜、病に倒れてからはじめて、幸せで満ち足りた夢を見た。
夢の中の自分の隣には、常に笑顔の雪夜がいた。
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