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ちょっと本気だす
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ハナクソがエプロンをつけて台所に立っている姿はもう見慣れた。その光景の中に行平くんがいるっていうのが珍しいけど。
ハナクソの作った飯を食いながら、ビールを飲んでる行平くんと色んな話をした。学校のこと、ハナクソとの関係のこと、追試になったこと、女にぶたれたこと、そして、兄貴の奇行。俺の兄貴は生粋の女好きで、俺とは真逆のリア充ってやつだ。俺様な性格、キザったい性格、つーかもう、うざい。実の妹(俺にとっては姉)にまで、女ってだけで優しい。その代わり男には全然これっぽっちも優しくない、情けもかけてくれない。そんな奴なのに、なにがどうしてどうなって行平くんにゾッコンなのか。つーかそれは真実なのか。当の本人がこっちに帰ってきてないから、確認のしようもない。電話?ライン?メール?連絡ツールはいろいろあれど、極力あいつに関わりたくはない。なぜならリア充だからだ。リア充の匂いがする人間はハナクソだけで間に合ってる。
そんなアホ兄貴と比べて、行平くんは立派だ、と、思いたい。行平くんは俗に言う元ヤンってやつで、今でこそ落ち着いてはいるけど地元ではそこそこ有名だったらしい。そっち関係はあんまり詳しくないから良くわかんねーけど、ハナクソの母さんが再婚するって時に一番荒れていたのは知っている。それでも俺には、俺たちにはずっと優しかった。うちの兄貴に虐められたら、いつも行平くんが笑って頭を撫でてくれた。その名残なのかなんなのか、俺はこの人に頭を触られるのが好きだ。
俺とハナクソは、ガキの頃からずっと仲が悪かった。それに比べて行平くんと兄貴は悪友ってやつで、いつも二人で悪巧みしてはつるんでいた。それこそ、今日みたいに喧嘩をすることも多かったけど。行平くんは好きなのに、なんでハナクソは好きになれないんだろう、と頭を抱えた時期もありました。見てるだけでムカつく、口を開けば罵倒、そんな奴をどう好きになれっていうのか、疑問で疑問で仕方なかった。けど、うん。一度、まぁまぁ可愛いとこもあんな、と思ったら最後で。嫌いだったとこも、まぁまぁ可愛くみえてくる。その結果がコレだ。行平くんは気にしてないそぶりだけど、よく考えたらこんな関係、ずっと続けるのはかなり難ありなんじゃねーのか。…………いいや、そんなのはあんまり考えたくない。まだ高校生だ、大丈夫。それより俺には大丈夫じゃないことがあんだろ、それすなわち追試。
飯を食って、ハナクソ家のリビングでテレビを見てたら、ぴんぽん、とインターホンが鳴った。当たり前だけどウチのインターホンと同じ音だから、思わず俺が反応してしまう。ハナクソが食器を洗ってる手を止めて玄関に小走りで向かうと、すぐにドタドタと騒がしく、誰かがリビングの扉を開けた。そこに立っていたのは一年ぶりに見る兄貴で、俺にそっくりな顔はむっすりとしていた。ていうかなんで兄貴は直毛なんだろう、くそサラサラしやがってクソが。俺は何一つ兄貴に優ったことはない、…いや、身長はギリギリ勝ってる、かも。兄貴は久々に会った弟に見向きもしないで、行平さんの腕を掴んで外へと引っ張り出した。無言だ。怒ってる。相変わらず自由で俺様でクソみたいな奴だな。行平さんの顔も完全にヤンキー時代の表情に戻っていて、あぁ確かに、部屋の中で喧嘩されっとチビ共がビビっちゃうな。ハナクソもそう思ったらしく、とくに二人を止めるそぶりはない。俺たちは弟だから、知っている。兄貴達は普段は喧嘩をしたりはしない。だけど、一回キレると手がつけれない。俺たちの喧嘩なんて比にならないぐらいだ。
行平さんと兄貴が嵐のように家から出て行って、部屋はまたテレビの音だけが響く変な空間になってしまった。俺の座っているコタツの向かい側には、葵ちゃんともう一人のちびっ子が毛布に包まって眠っている。コタツから出て、飯を食って、またねむくなって寝る、なんて、いいなぁ。子供は。
「なぁ、ワカメ、今日なんかすげー騒がしくてさ、息抜きできねぇな」
「…皿洗い終わったのかよ」
「うん。後は風呂の湯溜めたら完璧だけど」
「んじゃ、ちょっとこっちきて。」
「なに。」
ハナクソが俺の前に座った。骨ばった手は少し赤くなっている。皿洗いをしてたからか、母さんの手を思い出した。
俺は家事なんてやったことがない。料理はおろか、風呂沸かすことだって、洗濯をしたことだってない。部屋の掃除も適当だ。全部母さんと姉貴がやってくれるから、だ。それに比べこのハナクソは…凄いよな。
まだ小学生だった頃、顔も見たくないと思っていた頃、クラスでもちきりになった話題は『松に新しい父親ができる』というものだった。ぶっちゃけ、他人の家庭事情なんてどうでもいいだろう、と思っていた。俺の母さんも、その話を聞いて『松くんのお母さん、やるわねー』なんて、そんな呑気なことを言ってたぐらいだ。俺だって全く興味がなかった。ヘラヘラ笑って「妹ができるんだ、いいだろ」と、意味のわからない自慢をしていた。その頃はちょうど行平さんも荒れてる時だったのに、ハナクソがそう言って気を張ってるということに誰も気がつかなかった。恐ろしいことに、一度も弱音を吐かなかったからだ。
今はただのシスコンにしか見えない、高校でハナクソの父親が変わったことを知ってるのは俺と古賀ぐらいだ。あんまり自分を語らない、そんなハナクソが家事を覚えたのはいくつの時からなんだろう。ろくに遊びにも行かないで、家のことと妹のことに一日を費やすって、どんな気持ちなんだろう。未だに新しい父親を「一樹さん」と呼んでいるのは、なにか意味があんのかな。
小学生の時はどうでもよかったことだ。でも、今は。
「手ェつめてぇな、オイ」
「水触ってたからな。握るなよ、なんだよキモいな」
「お前のほうがキモいわ喋んな、息をするな」
「呼んでおいてなに?!」
骨ばった細い手を握ると、ひんやりとしていた。人間として出来すぎている、よな。ませた16歳、きっとクラスの誰よりも、大人だ。
「テスト。ごめんな」
「はあ?まだそんなこと言ってたの?いいからさっさと追試片付けろよ」
「どっか行きたいとこねーの」
「………、見たい映画は、ある」
「あっそ。」
「おい、そこは何が見たいの?とか聞くとこだろーが」
「午前で追試片付ける。……明日、行こうぜ」
数学なら敵じゃない。一瞬で終わらせてやる。そんで、こいつがしたいこと全部しようと思いました。
「お前数学の追試の量ナメてんだろ」
「うるせぇな、そこは大人しく頑張ってっていうとこだろーが」
「はは、まあ、楽しみにしとくわ。」
嫌いだ。
嫌い。大嫌い、俺よりずっとなんでもできる人間はみんな嫌い。兄貴も姉貴もこのハナクソも。
できるなら甘えて生きていきたい、家事も炊事も掃除もしたくない、部屋に引きこもってゲームをしていたい。そんな俺が、こいつ限定で「なんでも」してやりたいと思ってしまうのは、やっぱりどうかしてるんだよな。
冷たい手を離す、ハナクソはテレビのチャンネルを変えて、俺のとなりに移動してきた。コタツにならんで二人、狭いわ。
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