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死ぬしかない
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俺という人間は、ワカメに毒されている。
朝目が覚めたら体が怠かった。三日ほど前から葵が熱をだしていて、葵につきっきりで看病していたから移ったのかな、と、少し他人事のように思いながら熱を測ると37.5度も熱があった。けど、まだギリギリ微熱の範囲だろ。と体調の悪さを誤魔化した。布団から這い出ると寒かった、それは冬だから当然だと思い込むことにした。だけどやっぱり気だるいし悪化すんのはごめんだから薬箱から市販の風邪薬を手にとってのんだ。そのせいでずっと眠くて授業中もうとうとしていた。
休めばいいだけの話なんだ。学校、2、3日休めば完全に復活できるはず、なんだけど。
顔も見たくないほど嫌いだったワカメ、いつのまにか顔が見たくて仕方なくなっていて、今日も会いたいし明日も会いたいし、学校休んだら会えない。そう思うとやっぱり、俺の選択肢の中から学校を休むという項目は消える。一緒に学校いって一緒に帰ってきて別れ際にキスしてくれるの、今日もしてほしい、今日もしたい、だけどキスというものをしてしまったらきっと移してしまうだろう。だったらキス、しなくても、せめて会いたい。うぅ、くそ、俺って結構、乙女思考かも。
朝は早めに出ることにした。あいつの自転車の後ろにのって、あいつの腰に手を回すと、この熱っぽさがばれてしまうんじゃないかと思ったから。帰りはワカメが自転車を押して歩いてくれるから、せめて帰りは一緒に帰りたいなーとか、思いながら。でも結局、ワカメにバレた。保健室に引きずられて、帰れといわれた。急に寂しくなった。いやだとおもったからダダをこねるように帰らないと言い張ったのに、明日もキスしたいから、なんて言われてキスされたら、そんなの…帰るしかないじゃん。
(どきどきいってる…)
一人で帰る道中、胸に手をあてなくたってわかる。どきどきどきどきうるさい。なんどもキスしたのに、慣れないんだ。それが当たり前のように感じられないんだ。毎日、毎時間、毎秒、過ぎていくたびに、好きだと思う感情が募っていく。嫌いだって思えなくなっていく。できれば死ぬまで一緒にいたい、こういうこと、してたい。けど、この世に当たり前だとかずっとだとか、そういう出来事は、ない。
当たり前に一緒に卒業するとばかり思っていた親友が、三学期からこの並愛から去った。
目標や夢を追いかけて、青春を捨てた古賀、立派だとは思うけれどうまく受け入れられずにいた。
将来。 …将来という単語が急に壁になって目の前に現れたみたいだ。
俺とワカメも大人になっていく、そしたらきっとお互いやりたいこと見つけて、「当然」のように同じクラスで同じマンションで過ごしていた日々も、「当然」のように無くなってしまうんだろう。
古賀の決断は、古賀のもの。
じゃああいつの決断は、…やっぱりあいつのもの。
俺はずっと、どきどきしてたいよ。
お前の隣歩くだけで、手の甲が触れ合うだけで、お前が笑うだけで、息が詰まるほど恋をしている、そんな毎日を過ごしていたい、のに。
春になれば二年になる。二年になったら進路というものを考えなくちゃいけなくなって、少しずつすれ違っていくんだろうか。なあ、ワカメくん。お前いま、夢、ある?
お前の未来の中に、俺はちゃんといるのかな。
最近、そんなことばっかり考えてる。どうしよう、もし古賀のようにあいつも遠くにいってしまったら。どうしよう、俺が見つけた夢がワカメと離れ離れになるようなものだったら。俺は、ワカメがいない世界をあまり考えられない。だって初めてできた友達も、腐れ縁も、こ、…恋人も、ぜんぶあいつなんだもん。
まだ将来を考えて悩むのははやい?そんなはずない、将来を考えて未来を選択した奴もいるのに、いつまでもこんな幸せに甘えていていいはずがない。…………だけど!!!だけど、…だけど…。
「あいつのことで頭いっぱい、だ」
それしか、考えられない。
今なにしてるんだろう、今日の夕飯はなんだったんだろう、今度の休みはどっか行こうって誘ってみようかな、そんな、こと、ばかり。
弱くなった。めちゃくちゃ弱くなった。一人じゃ立てなくなった。
こんなことばっかり考えるのも、寂しいと思うのも、熱のせいだ。うん、熱のせい、熱のせいだ。早退なんて久々にしたなぁ、スエットに着替えて布団に潜り込む、ひんやりとする布団の冷たさに身震い、なにも考えないようにして、眠るために瞼をとじた。
早く風邪、治したい。早く治したら普通に会えるし、心配とか、させなくてすむし、多分こんなことも考えずにすむし、あーもう、全部風邪なのがわるい、早くなおれ、はやくなおれ、はや…く…。
ぱち、と目を覚ますと、明るかった部屋が真っ暗だった。いつのまにか寝ちゃってたのか、随分長く寝たなぁ、と体を起こそうとすると、何かが体にまとわりついている。暗がりのせいでそれが何かわからなくて、ぺたぺたと触りながらそれの正体を目で追うと、暗がりに慣れてきた目はすぐにそれが何なのかわかった。
俺を包むというか、抱きこむように置かれた人の腕。
「!?」
驚いた。その腕の持ち主がすぐ隣で寝息をたてている、あ、うそ、…うそ…。
ワカメが、いる。
布団は俺がすっぽりと被っていて、制服姿のままのワカメは布団に入りもせずに目を閉じていた。伸びきった髪が片方の目を隠しているのに、その寝顔がたいそう綺麗にみえた。
「なんでいるんだよ…」
俺が帰ってきたときは、空が明るかった。だから電気もつけず、カーテンもしめず、そのまま眠ったはずなのに、いつのまにか部屋は真っ暗。窓のほうをみると、カーテンが閉められている。ぜんぶ、やってくれたのか。…なんだよ、学校終わってすぐに来てくれたの?制服のまま?…制服、シワになっちゃうよ。
きゅう、と心臓付近が締め付けられる感覚、もう何度も経験しているその感覚の対処方がわからない。
「布団も被んなかったら、お前まで風邪ひくぞ、ばか」
どうやって入ってきたんだろう。あ、そういえば鍵、閉め忘れたかも。はは、あーなるほどね、だから一緒にいてくれたのかな。…優しいんだよなぁ、素直じゃないし起用じゃないくせに。そういうとこ、知ったら。他の女とかほっとかないんだろうなぁ。
顔にかかっている髪、払ってやろうとするとふわふわしていた。ワカメの頭触ることなんてあんまりないから、こんな手触りだということを今更ながら知った。まだ知らないこと、あったんだなぁ。
暗がりの中、ぼんやりと見えるワカメの顔、髪に触れていた手を頬に移動させる、見た目とちがってやわらかい頬、長い睫毛、どうしよう、こんなにも、すき、だ。
すき、
すきです。
どうしようもなく。すき。
だから怖いよ、嫌だ。
お前の未来に、俺がいなきゃ、嫌だ。
こんな女々しいこと、口にできないんだよ。まだどうしても残ってるプライドが邪魔してさ、ずっと一緒にいてね、なんて、そんなめんどくさい女みたいなこと、言えない。
すきだと告げることもうまく言えないのに、こんな重いことなんて言えるわけがないだろ。
「…………手ぇ、まだ熱い。」
急に腰に回されていた腕に力がこめられて、ワカメの低い声が部屋の中に響く。俺がぺたぺた触ったから起きたのか、寝起きの悪いワカメの眉間にシワが寄った。そして覚悟したようにうっすらと瞼が開かれる。
言葉も無いまま見つめあう、吸い込まれそうな黒い瞳。腹立つほど綺麗だな、と思っていたら、ワカメの腕の力がますます強くなって、抱き寄せて、抱きしめられた。
「な!に、し、…」
なにしてんだよ!とその胸板を押そうとするんだけど、背中に回された手のひらが、ぽんぽんと軽く、あやすように叩いてくる。
「なんで泣いてんの、そんなにしんどいの」
「はあ?泣いて、…え!?俺泣いてんの!?」
ワカメに言われて気がついた。俺の頬が濡れていること。なんだよ、やっぱり俺、すげぇ弱虫になってんじゃねぇかよ。この体温に安心したのか、この距離に安心したのか、はたまた、離れ離れになるんじゃないかって決まってもない未来を想像して不安になったのか、だめだ。ダサい。
ぽんぽん、ぽんぽん、背中を心地いいリズムであやされると、なんだかますます泣けてくる。俺、こいつ以外を好きになれる気がしない。俺、こいつがいなきゃ生きていける気がしない。俺にこれ以上優しくしてくれる人が、この世界にいる気がしない。
「おなかすいた」
「だから泣いたのか」
「うん、腹へったら涙でる体質」
「マジで嘘下手か」
「それ朝も言われた、お前に」
「言った。最近ずっと悩んでるのなんなの、お前顔にでるからすぐバレるよ」
「それは初めて言われた。俺結構嘘うまいよ」
「どーでもいい人間に対してはな!」
「八方美人っていいてぇのかよ!」
「うん。別にいいけど、知ってたから」
ちかい。ワカメと俺の距離。ワカメの喉仏が目の前にある。普通の友達じゃ、こんなことにはならない。近い。これは恋人の特権なんだよな。ぶわっ、と体が熱くなる気がした。なにしてんだろう!なんで!いま!こんな狭いベッドの上で!だきあって!?
冷静になってくると妙にこっぱずかしくてたまらないんだけど!
だけど、この、ワカメの体温を離したくない。もっと欲しい、背中を撫でるだけじゃなくて、できれば、もっとつよく、
「…なあ、もっとして」
そう思えば簡単に口から飛び出した。なにを甘えてるんだろ、俺は。ワカメに甘える日が来るなんて、マジで俺どうかしてる。のに、ワカメの鎖骨に顔を埋めるようにすり寄った。すると、どくん、と、ワカメの心臓が跳ねる音が、聞こえた。
「はあ?なにを」
冷静なふりしてるけど、心臓うるさいの丸聞こえだし。どくん、どくん、って、早くなっていく鼓動。あー可愛い、ってバカにしたいけど。鼓動が早くなっていくのは俺も一緒、多分同じくワカメには伝わってるんだろうな。
「なんかして」
「難易度たけーよ」
「高くねぇよ。制服、シワになるから脱げば」
「……誘ってんの?」
「うん、ちょっとだけ」
どくん、どくん、どくん、どく、どく、どく、…そして、ふう、とワカメの大きなため息が俺の髪をかする。
「だめ。」
「嘘だろ!?まさか拒否られると思ってなかったんだけど」
「お前に熱がなけりゃなぁ、そもそも添い寝なんかせずに叩き起こして犯してたっつーの!!!つーかやっぱりずっと言おうと思ってたこと言っていい!?お前、やっぱりこの世で一番あざとい!!!あざとい!!」
「それ前から言ってるけどなんなの!?説明しろって言ってんのにググれとかいうし!!」
「風邪ひいてるっつーのに部屋の鍵は閉めねーし窓空いてたし布団も蹴り飛ばしてた!ばっかじゃねーの!心配をさせんなっていってんのに、いっつもお前から目ぇ、離せない」
な、にそれ、
「俺さあ!いろいろ沸点低いんだよ!…お前古賀のことで悩んでんだろ、ここ最近!!なんかそれ、すげーーーー…やだ」
「すげぇやだ…って言われても、俺古賀のことで悩んでねぇよ!?」
「今も泣いただろーが!そういうの面白くねぇんだけど!!」
「あっ、…いやそれは、違う。それは…えーっと、」
「なに、つーかお前息すんな、首元かすってくすぐったい」
「息しないのは無理」
「お前まじ、むちゃくちゃにすんぞ!?死ぬほど泣かすぞ!?いい加減にしろ!」
ワカメまでの距離、ゼロだったのに。べりっと剥がされた。
「お前の意識が俺に向いてない瞬間が嫌だ。独占欲がどうにも人より強いらしいんだけど、お前どうする?」
「…どう、って、どうもしねぇよ、別に俺、お前から意識そらしたことないし」
「古賀は、」
「なんでここで古賀ちゃん出てくんの?!アレは、古賀ちゃんに悩んでたんじゃなくて!お…お前も、もし古賀ちゃんみたいに遠くに行く日がきたら、どうしようかなって、…考え、て、て…だから!!!これ!!言いたくなかったし!!言わせんなよ!!」
ほんとにこいつは、俺の言いたくないような、言えないような言葉を言わせる天才かと思う。言ってやるもんか、ぐらいには思ってた、俺の中で燻っていた不安を発火させる天才だ。こんなこと言ったら、お前こそどうする?
ちょっと体温が離れただけで寂しいって思うような俺を、お前こそ、どうしてくれるんだよ!!
睨みつけてやろうと思ったのに、ワカメの長い腕が伸びてきた。それは一瞬俺の頬をかすって、ベッドについていないほうの肩をぐっ、と押してくる。反動で仰向けになる俺と、俺に跨るワカメ。あれ、
「それで泣いてたの」
あれ。
てっきりバカにされんのかと思ってたのに。ワカメの顔は至って真剣。
「俺の顔見て、それを思ってたのかよ」
「そう、だけど」
「お前やっぱ、すげえバカだな」
「なんで!?」
反論しようとすると、ワカメのでかい手がばんっ、と俺の顔の横の枕をなぐるように落ちてきた。
「連れていくに決まってんだろ」
言葉が降ってくるのと、ワカメの唇が降ってくるがほぼ同時。
「ん、っ…」
「わかってねぇ、お前は全然」
「わか、んむっ!…ぁ、ちょっ、」
「ん、…おまえが、死んだら。諦めてやるよ。」
吐息が唇に、かかる。
「それまで離れられねぇと思え。」
俺は。
なんの心配をしてたんだろうと、思うほど。真剣なその目が訴えてくる。なんども、なんども、唇が重なる、上手く息ができないほど、だけど、全然エロいキスじゃなくて、なんていうか、啄ばむような、なんていうか、理解しろと言われているような、でも、繰り返されると、だめ、俺、熱上がりそう。
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