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硬い卵粥
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暑い。
いや、熱い?
俺が熱いのか、過度の厚着をさせられて暑いのかよくわかんないとこまできてるけど、とにかく汗がじっとりと体にへばりついてる、気持ち悪ぃな。眉を顰めても、鼻の下までグルグルに巻かれたマフラーが視界の端にチラつくだけだった。
ヒートテックに、スエット、その上にセーター、ダッフルコート。こんな意味不明な格好の上に、ごついマフラーも首に巻いて、厚手の布団の中にすっぽり収まってる俺はいま、ハタから見るとすげーことになってんだろうなぁ。でも、ワカメが、心配してしてくれたことだと思うと勝手に脱げない。料理なんか出来ねーくせに、「粥を作ってやる」とか言い出したワカメが台所に行って、もうすぐ三十分が経とうとしていた。
……おっせーよ。どこにもいかないって言ったくせに部屋に一人放置すんなよバーーーカ。あ?どこにもいかない?なんて言ってなかったっけ。あー、言ってなかったかも。なんだっけ、なんて言ってたんだっけ、ワカメ。覚醒しない頭、ぼーっと重たい頭を回転させていると、ガチャ、と部屋の扉が開いた。ゆっくり、ぎぃっという音を立てて、ドアが全開になる。そこに立っていたのは勿論ワカメで、ワカメの手にはお盆に乗せられた小さい鍋が乗っていた。あと水。
「グッグパットを見た。…から、イケるとおもう。」
俺はむくりと起き上がって、とりあえず邪魔なマフラーを外した。ワカメがベッドに腰を下ろして、お盆を自分の太ももにのせる。
「そんなとこに置かれたら食えねぇよ」
「は?じゃあ布団の上に飯置くわけ?」
「あ、そっか。んじゃ食わせて」
「甘えんな殺すぞ」
表情の変わらない顔が冷たく言い放った。…くせに、お粥の入った小さな鍋の蓋をあけて、小皿によそい、俺の方をじっと見つめてくる。
その視線の意図に気づかないほど俺だってバカじゃない、甘えんな殺すぞって言ったくせに、甘えても殺したりしないじゃん。あーー。顔がにやけそうなんだけど!
「…なに笑ってんだよ!口あけろブス!!」
「くっ、ははっ!いやーいやー、お前ってなんだかんだ優しいよなーって」
「…はあ?お前やっぱり熱下がってねぇだろ、脳細胞全部死んだんじゃね」
「だって信じらんねーじゃん!?ちょっと前のお前だったら、絶対グッグパットみてお粥作ったりしなかったと思うし」
「うーるーせぇーなぁ!お前が風邪なんかひくからだろうが!」
そうなんだけど。
そうなんだけど。
器用じゃないし無茶苦茶だけど、すげぇ想われてるって実感してしまう。あ、と口を開けると、スプーンの上に乗せられたお粥を口まで運んでくれた。ぱく。と食うと、まあ…粥だ。ふつーのお粥。卵がちょっと硬いけど不味くない。お粥を咀嚼していると、ワカメが「おい。」と呼びかけてきた。
「ん?」
「…………食えんのか」
「あ?ああ、ちょっと卵硬いけど、美味いよ」
「卵硬い!?まじかよ。料理ってむずいな、味見すりゃよかったわ」
ぽりぽり、自分の頬を人差し指で掻いたワカメは、反省したような顔をした。俺は。例え卵が硬くても、ありえねぇけどもし、底が焦げていたとしても、それでもお前がキッチンに立って、俺のために、料理を作ってくれたことが何より、う、…うれ、しく、て。だって、絶対眉間にシワよせて、レシピを見ながら、わかんねーことはググったりして、作ってくれたに違いない。俺は料理をすることなんて慣れてるから、何をどうすればいいかなんて当然のように分かって、簡単に作る事ができるけど、ワカメはそうじゃない。クソ末っ子、お母さんやお姉ちゃんが作ってくれたものを食って、包丁なんか握ったこともないくせに、こうやって、学校サボってまで、俺のそばにいてくれる。苦しくなるぐらい、嬉しいって思ってもいいよなぁ?
こんな時ぐらい、素直になったって、いいよなぁ?
ワカメがまた、スプーンにお粥を乗せる。俺はなんか、たまらなくて。ワカメの膝にのったお盆ごと奪い取り、自分の膝の上に載せた。ビックリした顔してるワカメを無視して、がつがつとお粥を頬張る。うん、ほら、やっぱり、そんなに美味しくない。卵硬いし。水っぽいし。
なあ、反省なんてする必要ないから。
米、一粒だって残すことなく完食して、水を一口飲んだ。呆気にとられた顔して俺を見ているワカメに、何て言おう。数秒の沈黙。
「美味しかった!食欲全然なかったけど。食えた」
「…お、まえは、ほんとに何でそうなんだよ!?卵硬いって言ってたじゃん!?」
「卵は硬いわ確かに。だけど俺にとっては、今まで食ってきたなによりも、美味しかった」
「ハァ?ぜってーーー嘘」
「だってお前が初めて、作ってくれたもんだもん。」
「……」
「ご馳走さま。ありがとな」
す、…なおに、なるってのは、結構かなり、恥ずかしいな。うまくワカメの顔が見れなくて、風邪薬に手を伸ばした。粉薬の中に錠剤をぶち込んで、水と一緒に流し込む。ごくり、と飲んだあと。口の中に広がる苦味は相変わらず慣れない。カラになったお盆を膝から退けようとしたら、俺が布団から出ることを許さないというように、ワカメが変わりにテーブルの上に置いてくれた。なあ、なんでお前なんにも言わないの。いつもなら絶対つっかかってくるはずなのに。キモイとかムカつくとか、なんか言えよ。素直になったら、二人して調子狂うから、余計に恥ずかしくなるだろ!
しかしダッフルコートは暑くてたまらない、身動きうまくとれないし。無言、沈黙の部屋。俺がコートを脱ぐ、布のこすれる音だけがする。
「暑いのかよ」
俺の仕草が気になったのか、ワカメがそう言って、俺の脱いだダッフルコートを回収した。俺はただ、簡単に頷くだけ頷いて、次にセーターを脱ぐ。あーちょっと、頬の熱が引いていく気がする。そのセーターもワカメが回収する。丁寧に畳んで、絨毯の上に置いた。
食後、すぐに寝転がるのは気が引けるので足を布団につっこんだまま座っていると、ベッドに腰掛けていたワカメの腕が伸びてきた。何をする気だと一瞬身構えると、その腕は俺を素通りして、ズレた枕の位置を直しただけだった。何か、してくれるのかと、一瞬でも期待した自分にますます恥ずかしくなって、うつむく。ぎしり。ベッドのスプリングが軋んだ音。それはワカメが座り直した音。俺の枕を直していたはずのワカメの手のひらが、ぽふり、と頭の上に乗っかった。は?って顔をしてワカメを見ると、なんとワカメは俺を見ていない。目線だけ逸らしているならまだしも、顔ごと完全に、横を向いている。だけど頭の上に乗せられた手のひらは、がしがしと、髪をぐちゃぐちゃにしていく。あ、なんだこれ。あっ、撫で、てる、つもりかもしかして。うそだろ、不器用すぎる。衝撃的すぎてどう反応したらいいかわからない、というのもあるけど、その手の温度が心地よくて、何も言えなかった。
ぎしり。もう一度ベッドが軋む。顔を上げると、今度はワカメが、俺の顔を見ていた。
ぴた と止まった手の動き、ゆっくり撫でるように下がってきて、肩を掴まれる。
「なんだよ、髪ぐちゃぐちゃにしやがって」
「早く寝るか気絶して意識飛ばせよお前」
「は!?なんで!?食後にすぐ寝ろっていうのかよ、デブるから嫌なんだけど!!」
「お前はもう少しデブっても問題ねーだろ!!もうほんと、たまんねぇんだよ!!」
「なにが!?」
グイグイ、グイグイ、肩を押される。このままでは後ろに倒れこむ、強制的に寝かせる気かこいつ!なんかそれは、嫌で、布団を握って意地でも寝転がらないようにグググッと耐えていると、肩を押す手の力が、抜けた。
「触りたい」
え。
「触りたく、なる。今日なんか、お前変に素直で、無理。ウザイ。早く寝ろ!!」
耳まで赤いぞワカメ。なんだよお前、そんなの俺だって、そうに決まってんじゃん。今、ここに、俺とお前しかいないのに。俺だってお前に触りたいに決まってる。触られたいに決まってる。やばい、熱あがる。身体、服を脱ぐ前よりあつい。あー、もう。素直はどっちだよ。今日、絶対、俺より。お前のほうが変だから。いつもの3倍は甘いから!
肩に置かれたままのワカメの手を掴む。それを伝うように体をよせて、ワカメの、首の後ろに腕を絡めるように抱きしめた。柔らかいワカメの長い髪が、おでこをくすぐる。ぎゅ、と目をつぶって。俺の体に腕が回されるのを待っていると。腰に回ってきた腕が、ぎゅう、と力を込めてくる。暑いのか、熱いのか、もうよくわかんない。抱きあうだけでも胸がいっぱいになる、いやだもう、ほんとにワカメが、こいつが、居なくなったら、俺も生きていけなくなりそう。
「俺、昨日からお前にしてほしいことがあってさ。」
「……なに、またみかんゼリーでも買って来て欲しい?」
んなわけあるかアホ。違うわ!
アホみたいな回答に思わず笑ってしまった。俺の吐息が首にあたってくすぐったいのか、ワカメが身をよじる。それがまた面白くて、そしてやっぱり、…求めてしまう。
昨日も断られた。俺が風邪だからって理由で。だけど、俺だって男だし。ほんとに、ほんとに、なんつーか、恥ずかしくて死にそうだけど、それでも、求めてしまうんだってば。だから、こう、抱きしめ合ってるだけで胸は苦しくて、いっぱいになるんだけど。だけど。もっと、ほしい。近くにほしい。
「お前が 欲しい。」
逃がさないからな、という意味を込めて。回した腕に力を込める。ワカメの体が固まったのを全身で感じた。
「っ、だ、っから!!!なんでそーーいうこと言うんだよ!???お前、風邪!だろ!?」
「なーーーー、ワカメーーー、うるっせぇお前!!耳元で叫ぶなよ!!」
「叫ぶわ馬鹿!!もー!!寝ろ!気絶しろ!頭突きしたら気絶すんのか!?何したらお前は安らかに寝てくれんの!?いい加減にしろよマジ、ほんと!!」
あーーーーーあーーーーうるせぇ男だなこいつはほんとに!!!
俺は、お前と、ふたりで!!俺の部屋にいて!!家族も誰も家にいないこの状況で!!下心が生まれないほど!!枯れてないんですけど!!!風邪だとか、そんなの、そりゃ、そうなんだけど、ほんと。ごめん、ほんとにお前を想うなら、部屋に上げるべきでもないんだけど!風邪移すかも、とか、色々考えるけど!!だけど、でも、ほら、お前が帰ったあと、お前のいたここに一人でいると、こう…たりなく。…たりなく、なる。
もっと話していたかったとか、もっと触っていたかったとか、もっと、キスとか、その先とか、したかったなって、思って。ひとりで悶々として、恥ずかしくなって、ごろごろ転がりながら頭抱えてんの、お前知らないだろ…!
「ごめん。風邪、移していい?」
少し、ワカメから離れて、そう告げる。なんとなく自分の今の表情を察することができるんだけど、多分ちょっと、困ったような笑い方、してるんだろうな。ワカメが唾を飲み込んだ。喉仏が一度、上下する。
唇を近づける。触れないけど、触れそうな距離まで近づける。お願い、いいって言ってくれよ。
「…俺が風邪ひいたら、お前が看病しろよ。」
ぎゅ、と眉間にシワがよった、ワカメの顔。仕方ないなぁって顔されるならまだ、よかったんだけど。そんな、たまらなく緊張したような顔されると、俺にもその緊張が移るんだけど!
「美味しいお粥作るわ、ワカメ粥とかどう?」
「ふざけんな、粥は卵一択だろ」
むちゅ、と唇がくっついた。あー、やっと、だ。やっといっぱい触れる。期待と緊張と、なんかよくわからないけど満足感が身体中を支配していく。脳が蕩ける前に、ワカメの口内に舌をねじ込んだ。あれ、
なんかさっき食った、お粥と同じ味がする。あ。こいつ味見してないとか言ってたくせに、ほんとはわざわざちゃんと味見までしたんじゃねーかよ。なんだよもーーー。
かわいー奴め。
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