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カミングアウト
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いつも通り、ワカメのチャリの後ろに乗って、葵の通う幼稚園まで向かった。学校の帰りに妹を迎えにいって帰宅するのは日常になっていて、そのあとワカメがうちに来たり、俺がワカメの家にいったりすることも頻繁になっていた。…恋人、らしいかといわれると、どうなんだろう。周りに溢れるカップルとはまたすこし違う形だけど、俺たち、というか俺はこの関係で満足している。
そう、いつも通りだ。いつも通り、今日も葵を迎えにいって、そのあとどっちかの家でごろごろするつもりだった。なのに一大事、保育士さんに手を引かれて園から出てきた葵がわんわん泣いていた。子供が泣くのは当然のことだけど、うちの葵は滅多に泣かない。声をあげて泣いてるのは久しぶりに見たから驚いた。保育士さんは俺に「すみません、友達とケンカしちゃって…」と苦笑しながら告げてくる。なんだ、ただのケンカか、と安堵したら、葵が俺の膝に抱きついてくる。
「あーおい、ケンカしたんだな?泣くな泣くなー」
ぽんぽんと頭を撫でてやると、葵はぎゅっと、ズボンを握った。中々園内から出てこない俺を不思議に思ったのか、いつもなら幼稚園の外で待ってるワカメが園内に入ってきた。そして、葵に近づいて「え、すげー泣いてねぇ?」と、焦りはじめる。簡単に事情を説明すると、ワカメはふぅ、とため息をついて、葵を抱き上げた。
「女がわんわん泣くんじゃねーよ、ブスになりてぇのか」
「あおいぶすじゃないもん、ぶすはりょうすけくんだもん…」
「おいこらくそワカメ、お前のせいで葵が俺のことブスだと思ってんじゃねーか!ふざけんな!」
「うるせぇなオイ、本当のことだろ!」
そのブスがすきですきでたまらないのは誰だよ!?お前だろ!?って言いそうになって、言葉を飲み込んだ。何を口走ろうとしてんだよ俺は、恥ずかしいなもう…。がしがしと頭をかくと、ワカメが「おい。」と声をかけてくる。
「悪かったな。」
「んあ!?は?」
「ってな感じで、葵。お前ちゃんとごめんなさいしたか?」
「………してない、でもあおいわるくないもん、そらくんがわるいんだもん!」
「ばーか、ケンカはどっちも悪いからケンカになるんだよ、んで、先に謝ったほうが勝ちだ」
ぽんぽん、ぽんぽんと、ワカメが葵の背中をかるく叩きながらあやしている。その光景は普段見ることのないもので、将来こいつがお父さんになったら…こんなふうに子供をあやすんだろうな、と思ったら胸がぎゅ、とした。
そうだよ、目をそらしてきた。
いままでずっと、お互いに。
目を逸らしてきたんだ、高校生だから。
まだ 未来を考えなくても いい、と、甘えてる。
そして時々突き刺さる現実は、頬を思いっきりひっぱたかれたような感覚に陥るんだ。冷えていく思考と、焦る心臓は真逆のものなのに、それらが合わさって不安が生まれる。
ワカメが葵をあやしてる姿から未来を想像するのなら、そこに俺はいない。…そこまで考えてやめた。また、未来の自分に選択をたくすように目をそらす。
ふ、とそらした視線の先には、べつの保育士さんに手を引かれてこちらに向かってくる子供がいた。その子はぶっすーっとした顔をしていてずっとソッポを向いている。
「空!」
そして背後から、聞き覚えのある声がした。思わず振り向くと、そこには小林先輩がいた。
…?……?????
ん?
「なんで小林先輩がここにいるんすか!」
思わず。振り返って大きな声で叫んでしまった。小林先輩も目を丸くして、短い脚を大股に開いてこっちに向かって歩いてきた。短い脚とかいったら殴られそうだな、とか思ってたら、ワカメが小さい声で「知り合いか?」と聞いてきたから「うん、ちょっと」とだけ返して、俺も小林先輩のほうに歩み寄る。
「リョースケ、の、妹か?そのこ、それともそのモジャ毛の妹か?」
「俺の妹っす、先輩もお迎えですか?」
「おう、弟のな。…そーらー!お前またなんでそんなブスっとした顔してんだよ!」
軽く会話したら、小林先輩は弟のほうに歩いていってしまった。…あれ?そら?そらってもしかして、…やっぱり。小林先輩の後ろ姿を目で追っていると、さっき保育士さんに手を引かれて出てきた男の子のほうに向かっていった。そして保育士さんとなんか会話してる。…あ、弟くんのこと思いっきりゲンコツした、痛そう…。事情を聞いたんだろう、弟くんも半泣きでぽかぽか小林先輩の脚を叩いているけど、小林先輩はもう一度その子の頭にゲンコツをキメる。そして手をひっぱって、俺たちの方に向かってくる。
「………悪ィな、うちのバカがお前の妹泣かせたらしいな」
「あ、いやいや、別に子供のケンカなんで」
「ほら空、謝れ、男は泣かせてもいいけど女は泣かすなつっただろーが!」
「やだ!!だっておれ、わるくないもん!あおいちゃんがわるいんだ!」
「内容はどっちもどっちだけど、女泣かせたら問答無用で男が悪ィんだよ!お前ちんこ付いてんだろ!」
「ちんこついてない!ちんこついてない!」
「ついてる!!お前にはついてる!!」
俺たちの目の前でほんとに意味わかんねぇ言い争いしてる小林兄弟を見て、ワカメが笑いを堪えてる。俺も正直噴き出しそうだ。ヤバイ。
暫くぎゃんぎゃん騒いでた小林兄弟は、息を整えながら俺たちの方に向き合った。
「ほら、兄ちゃんもごめんなさいすっから、空もちゃんとごめんなさいしろ。な?」
「………うん」
二人と向き合ったのと同時にワカメが葵を下ろして、葵の手を握ってやってる姿がなんだかほんとに、似合ってなくて。不器用なくせに、子供には優しいよなって。…思って。
……子供、好きなんだろうな、って、思って。あーだから、違うって、今それ、考えるときじゃねぇよな。うん、…………うん、
「あのね!」
闇の思考に埋まりかけていたとき、葵の声でハッとした。葵はワカメの手から手を離して、今度は空くんの手をきゅ、と握る。
「そらくん、ごめんなさい」
「………おれもごめんなさい、かみのけ、ひっぱってごめん、かみのけのゴム、ちょうちょみたいだったから、さわってみたかったんだ」
「!そうだったんだ!このちょうちょね!りょうすけくんがつけてくれたんだよ!あおいもそらくん、ぺちんしてごめんね」
葵と空くん、手をぎゅっぎゅと握り合って無事仲直り。
子供ってすごいな。たった一言で仲直りできちゃうんだもんな。さっきまであんなに、わんわん泣いてたのにな。俺達、全然出る幕なかったじゃん!
…葵は、もう、自分からごめんなさいと言えるぐらい成長している。
そう思うとまた、胸がじんとした。
「えー…で、解決?」
「だな。ほんと悪かった。」
「いやいや!先輩が謝ることないですって!つーか葵も空くんのこと引っ叩いたらしいし、こちらこそすみません…」
「おー、気の強ェ女になりそーだな、葵チャン」
「ほんとマジそれなんですよね…」
無事解決して良かった。葵と空くんが手を繋いで門まで歩いていく後ろを、ワカメと俺と小林先輩とで付いていく。なんか変な感じだ。小林先輩に弟がいたことも初めて知ったし、しかもその弟がまさか葵と同じ幼稚園だなんて世間って狭いな。
…に、しても、小林先輩。なんでここに部外者のワカメがいるのか、とか聞いて来ないな…。いや、ワカメの存在を単純に知らないだけかもしんねぇけど、普通友達連れで幼稚園のお迎えなんてしない、よな?
ワカメもさっきから一言も話さず、ただ俺についてくるだけだし。…こいつも流石に空気読んでんのかな、と思うとちょっとウケた。
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