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午後九時、キス多発事件発生
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ハナクソという男にいつもしてやられてばかりだ。キスはなんどもした。でもあれは付き合う前の話だ。俺とこいつが互いのことをちゃんと自覚してからはまだ一度もしたことがない。人間ってのは恐ろしい。無自覚なら平気で名前も呼べるしキスもできた。順番がおかしいのは百も承知だけど、俺はこのハナクソを意識するようになってから、話をするだけでも心臓がいたい。どうかしてると思う。日に日に症状は増すばかり、ぎゅう、ぎゅう、胸が苦しい。いつもそうだ。だからなにもしなかった。だから半年もなにも出来なかった。何で今更、こんな知り尽くした奴に気を使わなければならないんだろう。緊張して、上手く言葉にならないほど。
一緒に学校に行こうって言ってきたのも、ゲイビを借りようと言ってきたのも、…キスをしようって言ってきたのも、全部ハナクソからだった。そういえば。
いつも楽しそうに、天真爛漫に振る舞うこのハナクソが、俺と目が合うと必ず悪態をつくのが気に食わなかった。目尻をさらに下げて笑う胡散臭い眼差しを、いきなり戦闘態勢に切り替えて睨みつけてくるのがたまらなく、このうえなく、ミンチにしてハンバーグにして食べてやりたくなるぐらいには嫌いだった。ムカついた。でも、必ず口喧嘩を終えて顔を逸らすときに、ハナクソがほんのり笑うことに気がついた。俺からは上手く顔が見えない角度からでもわかる、口角の上がった姿をみて『悪くない』と思った。
ハナクソの本当を知ってるのは、俺だけだ。
そこから俺はオカシイ。きっかけはハナクソの笑った顔、自覚したのもハナクソの笑った顔。俺はこのブスで可愛くなくてムカつくハナクソの笑った顔に弱いらしい。そしてそれは、今も例外じゃない。
ソファーに座っている俺の太ももに、向かい合うように座ってきたハナクソ。ズボンとズボンの布がこすれ合うと、ハナクソが俺の腕から抜けだそうとするかのように、突然ソファーに膝を立て、太ももから腰を上げた。さっきまでこの腕の中で抱きしめていたのに、今度は俺がハナクソの膝で太ももの両サイドを逃げられないように挟み込まれる。背筋を伸ばしたハナクソは、俺の顎に手を添えた。そして一言。
「キス、しようぜ。出来るだけ本気の」
なんて、そんなふざけたことを頬を赤くしたハナクソが、照れ隠しをするように、ニイッ、と笑って言ってきた。…もう一度言おう。きっかけはハナクソの笑った顔、自覚したのもハナクソの笑った顔。
スイッチがはいってしまったのも、ハナクソの笑った顔のせい。
ずるいぞお前。それだけで俺は我慢が効かなくなるんだ。それ、すっげー魔法だよ、ハナクソ。なんどもなんども、その魔法に操られて、こうなる。…ハナクソのせいだ。ハナクソの。
腕をハナクソの腰に回す。引き寄せる。俺の両太ももを挟むように膝立ちをしていたハナクソは、それだけで簡単にバランスを崩した。ずるり、俺の顎に添えていた手が離れ、そのまま俺に倒れこんでくる。ハナクソの背中に腕を移動させ、思い切りシャツを引っ張りながら俺も体制をズラして、そのままソファに仰向けに倒れる。ハナクソもドミノが倒れてくるかのように、俺の上に落ちてきた。
ぱちくり。キョトン顔。そうだよ、いつも余裕ぶりやがって。いつもけしかけてきやがって。俺はお前のそんな顔が見たかったんだ。
慌てて俺の上から退こうとするハナクソを離してやらないでいると、みるみるうちに頬が真っ赤に染まって行く。体が熱くなっていくのも分かる。ヤメロ、俺まで照れる。でも今日はお前のせい。お前が悪い。俺がどんな悪戯をしても。するすると手を移動させ、ハナクソの髪に指を滑らせる。本日何度目かのびっくりした顔、ザマァミロ、お前が笑ったりするからだ。唇をぎゅうっと噛み締めて、それでも俺と目は離さない。冗談じゃない、どうしてやろうかコイツ。
「唇噛むなよ。キスできない」
唇に込める力を緩めた瞬間を、俺は見逃さなかった。髪をいじっていた手でハナクソの頭を引き寄せる。
ガチッ! と一瞬、歯がぶつかった。イッテェ、ちょっと難易度高い体制とっちゃったかも。でもさ、もうそんなの気にしてる余裕もないんだよ。このクソうるさいハナクソが黙っている今のうち、離れていこうとするハナクソの頭をもう一度ひきよせて、今度こそちゃんと味わうようにキスをする。
ちゅう、と吸うように唇を合わせる。や、わ、らかい…んだけど…!男の癖に!男のくせに!ちゅ、ちゅ、となんども口の端に、唇にキスをする。ハナクソの頭においた手はどけない。離してはやらない。苦しい、苦しい、きもちいい、苦しい、お前のいう、出来るだけ本気のキスってなんだろう。
「ん、…あ、おい!ちょ、…!んんっ」
俺は今、これで精一杯だけど。息つく間もないほど、それこそ唇を奪う、ように。
べろり、とハナクソの唇を舐める。ハナクソの髪を引っ張って顔を離すと「イッテェな!!!抜けるだろーが!」といって鼻を思い切り摘ままれた。触んなハナクソ!まったくムードのカケラもないな!!
ハナクソは俺の上に乗ったまま。なんだこいつ、首まで赤くなってる。ハナクソの髪から手を離すと、俺の胸板に頭を擦り付けてきた。
「??はぁ…なんだよ今の、心臓壊れるかと思った」
「ハッ、キスしようって言ってきておいて?お前やっぱハナクソだな、雑魚は雑魚っつーことか」
「うっせーよ!お前とキスだぞ?緊張するに決まってんだろ!…って、は?」
「なに。ちょっとお前重いからどけよハナクソ」
「なぁ。お前の心臓の音、すげー速い」
「…!!!うっせぇ!!キエロ死ね!」
余裕ぶってみたけど、そりゃ無理っつー話でして。心臓爆発しそうだったのは絶対俺のほうだ。柔らかい唇、あったかい吐息、漏れる声、細い体、ぜんぶぜんぶぜんぶ、死ぬほど…その、アレだった。キスなんか頻繁にできねぇな、勃起したらどうすんだよ、こいつといる時に。うわ、ゾッとする。想像しただけで地獄絵図。
ゲイビを見て、俺が直感的にハナクソのことを抱けると思ったのは何でだろうか。安易に想像ができるし、いずれはそういうことも、まあ、あるんだろうとも思う。ただ、問題はコイツが俺のケツを掘ろうとしていた驚きの思考回路だ。ざけんな、無理に決まってんだろお前みたいなガリ細ひ弱な男に。…いや、ひ弱は語弊だな。コイツ力はあるんだった。
だからもし勃起なんかしたら?
ああなる、そうなる、こうなる、結果俺のケツを掘ろうとしてくるに違いない。それだけは絶対嫌だ、俺が女役だから嫌だというわけじゃなくて、ケツ掘られるのが嫌だというわけでもなくて、いや、嫌だけど。そうじゃなくて、俺がコイツを抱きたい。と、まぁ、思ってやっているのだ。
「やっと初めてのキスって、俺らどうなの。」
「別に。いいんじゃねぇの。つーかマジで重いから退けば」
「んあー。あったけー。もうちょい」
「俺で暖とってんじゃねーよ!ああもう…!ハナクソコラ。」
「うるせぇ、お前の心臓の音聞いといてやってんだよ感謝しろワカメが」
「お前バカなの?俺の心臓の音がお前に聞こえてるってことは、俺にもお前の心臓の音聞こえてんだぞ?」
俺と同じぐらい、いや、俺よりも少しだけ速い鼓動。俺のこと馬鹿にしようとしてんのかなんなのか、まぁからかってやる材料は俺も持ってるっつーことだよハナクソ。残念だったな、鼻の穴に帰れ。
「わざと聞かせてんだよバァカ。」
クックッと可笑しそうに喉を鳴らして笑うハナクソは。このハナクソは。まったく、この、ハナクソは!!
俺をどうしたいんだ、ふざけんな、俺だって別に菩薩じゃない、普通の男子高校生なわけだよ。お前、いちいちそんなにあざとかったらもう知らねぇ、もうほんっっっと知らねぇからな!
「もう一回。」
「あ?なに?」
「もう一回、キスさせろ。」
もっとびびった顔みせろよハナクソ、なにニンマリ笑ってんだよ馬鹿野郎!!
「スケベ。一回したら止まらないタイプ?やべーね?」
「死ねば。」
「ざけんなお前が死ねば。…なにやってんだよ、するならさっさとしろ!ほら!ん!」
唇を突き出してくる涼介に殺意を覚えた柳清史が、現在の時刻、午後九時をお知らせします。
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