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連理之枝-れんりのえだ- <1>
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「……」
榊敏樹が所属するジムの更衣室。
剣覚流(つるぎさとる)は彼が解いたバンテージを手早く巻きながら、榊を見つめていた。
何か言葉を発するわけでもなく、ただ、ただじっと……。
「……うん、やっぱりいいね」
ひとしきり見つめた後、満足したようなぽそりと呟く声。
熱い、というよりも見蕩れていると言った表現が適切な甘ったるい視線を感じ、我慢できずに覚流を見た。
「……どした? さっき変なトコ当たったか?」
「え? ああ、ううん? 当たってないよ」
思っていたことを聞いてみたが、尚もご機嫌そうに首を横に振る覚流。
「大丈夫」
「ならどうしたんだよ。ぼんやり見つめて。相手してバテたか?」
不思議そうな顔をする榊に対し、覚流は「やだなあ。心配し過ぎだよ」とけらけらと笑う。
心配性で過保護の気がある榊は、スパーリング相手を務めてくれた伴侶がどこか具合が悪くなったのかと心配になったのだ。
「いくらなんでもあれだけじゃバテないよ。もっとやりたいくらいには体力残ってるんだ。一日敏樹と心おきなく思いっきりできたの楽しかったしね。……なんかね、やっぱり敏樹かっこいいなーって思って見てたんだ」
クスクス笑いながら、渡されたバンテージを綺麗に巻いている。
家でまとめて洗濯はするのだが、余計な型崩れを防ぐためだ。
あくまでも覚流の個人的意見且つ気分的な問題だが。
「変なヤツだなぁ。同じ顔毎日眺めてたら普通見飽きるモンだろうよ」
「見飽きるわけないよ。敏樹だもん」
エヘヘ、と笑いながら榊を再度視界に入れる。
普段は特殊部隊である警視庁刑事部特別捜査課第六班で刑事をしている榊と覚流だが、今日はプロライセンスを持つ榊が総合格闘技のトレーニングを行うために所属するジムにやって来ていた。
近く行われる国際試合の為だ。
朝からロードワークなどの通常のトレーニングに加え、特別メニューのトレーニングにさらに本番とほぼ同じ条件下で行われる試合形式のシミュレーションを何度も繰り返して汗まみれ。
途中暑くなって着ていたシャツを脱ぎ捨てて今に至る。彼にしては珍しく疲労の色も見えていた。因みに覚流も榊に付き合って同じメニューをこなしている。
そのアスリート、ひいては現役の格闘家として完璧な肉体を今は覚流だけに披露している。
試合が近いため調整をしている榊の身体は普段よりもさらに絞られていて、それも伴侶であり彼の裸体は飽きるほど見てきているはずの覚流でさえが本人言うところの(無論、言葉には出さないが)『つい』見蕩れてしまう原因なのだろう。
下はジャージのままでもう片方のバンテージを外しながら、自分には理解のしようがない言葉を発する伴侶に「そんな大層なもんじゃなかろうに」と更に複雑な顔で榊は笑う。
「ううん? 貴重だよ? あ、敏樹は毎日見てもう俺のことは飽きたってことか……」
そっかぁ、とわざとらしい雰囲気のため息を一つ。
「は!? おま……何言って……」
「つまんないなー」
「ひとっこともンなこといってねえだろ? 他の奴は見飽きてもお前は別だっつの。ンなくれぇわかれよ」
少しだけいらっとしたような声を上げたが、覚流はなぜか満面の笑みを浮かべている。
「……何だよ……」
「えへへ、嘘だよ。冗談」
ごめんね、と近くまで行って榊を見上げる。
榊はそんな覚流の頭をぽんぽんと撫でただけ。
「敏樹のことを間近で見られて俺は幸せ者だよ。こーんなすごい近くで見たくても遠くからしか見られない人たくさんいるしね」
うふふふふ……、と悪い顔で覚流が笑い、榊もつられて苦笑いを浮かべた。
そんな会話をしながら手持無沙汰にしていたバンテージの存在に覚流が気が付き手を伸ばす。
「さて、と……、それも貸して?」
「お? おう。頼む」
バンテージを外し終わると見ていた覚流がタイミング良く手を伸ばす。その手に解いたそれを乗せながら、榊は囁いた。
「お前もせっかくの休みに悪いな」
「ん? 全然? むしろ敏樹と一緒にいられて嬉しかったんだけど、俺」
楽しそうな顔をして榊を見上げる。榊もそんな覚流の頬にやんわりと触れた。
「……ところでお前、シャワーは? さっぱりしてどっかで飯食って帰ろうぜ?」
「いいね。なんか食べて帰ろ? すぐ巻くから先にシャワー行っててよ」
可愛らしく笑う覚流に、榊は「すぐ巻けるなら待つ」と言って頭を撫でてくれた。覚流も嬉しそうだ。
「今日たくさん身体動かしたからお肉とかいい、……あ」
頭を撫でられていた覚流が、榊の顔を見て気がつく。
「ん? どした」
「唇の端っこ、切れてる」
ここ、と人差し指でそっと触れる。
「ごめん。思いっきり殴った時のだ、これ……」
「あー、あんときか」
どうやら榊も思うところがあったらしい。
覚流は今度の榊が出場する試合の相手の動きを動画で何度も見直して、完全にコピーした状態で練習に立ち会った。彼の特技、とも言えるものだった。
身体の大きさは覚流よりも相手の方が大きいが、そこに来て身長は一センチ、体重は一キロ未満の微々たるもの。さほどの差はない。
その体格差をカバーするように研究しつくした寸分違わぬ動きで榊を苦しめた。
何度も繰り返した実戦形式のシミュレーションの際、他の相手は一切懐にすら入れなかった。だが本番を想定した覚流との対戦時には殴り合いになるシーンが何度もあった。
その時に切れたのだろう。
「……ごめん。痛いね」
頬に手を触れながら練習中に見せていた好戦的な表情とは正反対の、途端に切なそうな顔になる。
「血も出てねえしこんなのかすり傷だ。気にすんな。それならお前もだ。ここと、ここと……あと、ここか。擦り剥けてる。痛えだろ?」
応急処置だ、とその擦り傷に軽いキスをして舌先で触れた。
「っん、……ありがと。……痛くはないけどなんかチリチリするなーって思ってたんだ。きっと同じ時だね。興奮してたから気になんなかったけど……」
アドレナリンって怖いねー、と榊の手に触れながら楽しそうに笑う覚流。榊も「だな」と笑ってくれた。
「他に痛えとこはねえか?」
「うん、大丈夫。敏樹は大丈夫?」
「俺? 実は肘が折れてるみてぇでな……」
「え!? うそ、ほんとに!? どうしよう病院……」
「ああ……。ほれ」
笑いながら普通に肘をだらりと曲げて見せる。それを見た瞬間の覚流は鳩が豆鉄砲を食らった、という言葉を体現するような表情しか浮かべられなかった。
「……! もー……敏樹ってば……」
「ウソウソ。どっこも痛くねえよ。むしろまだ何回かシミュレーション戦やりてえぐらいには身体は快調そのものだ 」
わしゃわしゃと複雑な顔をしている覚流の頭を撫でて笑うと、覚流も驚いたものの「……よかった」と安堵したようにさらに可愛らしく笑う。
「帰ったらちゃんと消毒しような、……」
「うん、……」
つい二人同時に目が合って、しばらく黙って見つめ合う。
「シャワーまだだから、ぎゅってしてやれなくてごめんな」
「ううん、……家でいっぱいしてくれればいいよ」
「……ん」
そして、自然と距離が縮まって行く。
唇同士が互いを引き寄せ合い、もう少しで至福の時を味わえると言わんばかりにゆっくりと近づいて行く。
まさに、その時だった。
「とーしきセーンパーーーーイッ!」
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