アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
連理之枝-れんりのえだ- <4>
-
しかし、そのまま榊は話を始める。
「俺は前にお前が俺の命よりも大事で、お前のためなら死んでも構わんっつったことは覚えてんな?」
「……敏、樹……」
榊から前に言われた言葉はどんなに些細で小さなことでも忘れた事はない。
忘れられるわけが無い。
その時の言葉は特に大切な言葉。
それは覚流と榊の二人だけが知る大切なものの一つ。
西野は知らないことだ。
だが、こくりと一つ頷くことすら難しいだろうと最初から踏んで話を始めた榊は、そのまま話を続ける。
「それを踏まえて落ち着いて聞け。……さっき、あいつに自分のモノになれって言われたよ」
「!」
やっぱり、と覚流の予感は的中した。
(あの笑顔は……やっぱりそういう意味だったんだ……)
榊が性別関係なく人気があることはわかっていたつもりだ。その中には西野と同じように恋愛感情を持つ者も少なからずいると頭では思っていた。
それも承知はしているはず、……だった。
その気持ちはわからなくはない。
榊を独り占めしたい、自分だけのモノにしてしまいたいという想いを抱かせるような気分になるのだから。
しかし、自分の伴侶である榊に対してここまであからさまな行動を起こされると頭が真っ白になることを覚流は改めて思い知らされた。
冷静になろうと思うこともできず、考えれば考えるほど泥沼に嵌っていくだけ。
こうなったことでただはっきりわかったことと言えば。
そんな状態である今は頭の中が混乱していて、自分の意思に反して自然と涙が流れてしまっていることだけだ。
更にそれが榊の着ていたシャツに落ちて、泣いた事を知らせてしまったことも……。
「泣くなよ、覚流。……お前が泣く必要なんかねえんだ」
よしよし、と頭を撫でられるがやはり反応が返せない。
「あいつにンなこと言われたって、ハナっからあいつの居場所は俺の中にゃねえんだ。俺の胸ン中にゃ十年前からお前がずっと住んでんだかんな」
穏やかな声に、安心できる榊の温もり。
それに包まれて、覚流の涙は止まらなくなった。
「ほかのヤツにとってどんな好条件だって言われるヤツでも、俺の気持ちは俺以外には誰にもどうにもできねえよ。俺はお前じゃねえとダメな男だからよ……」
泣き続ける自分を慰めてくれているのが頭ではわかっているのだが、身体がいうことを聞いてくれない。
「さーとる?」
ぎゅっ、と抱きしめて、髪にキスを落とす。
「お前が安心するには、俺はどうしたらいい?」
優しい手で頬に触れて、そっと顔を上げる。
涙目を榊に見せることになったのだが、彼は何も言わずに唇に宥めるような温かいキスをくれた。
「榊……さん……」
ボロボロと泣きながら榊を見上げるしかできなかった。
「ん? どうした……?」
「あの……、俺、は……」
「ん……?」
やっと絞り出した声も掠れて頼りない。さらに、言いたいことは山ほどあるのにうまく言葉にできない。
さらに榊の自分を心配するいつもの楽しそうなものではない声を聞いてまた切なくなって、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「キツイならどんだけ泣いてもいいから、無理だけはすんなよ……」
ならば、と。
榊はなだめるように撫でたり涙を拭ったりを繰り返してやりながら、自分から提案をすることにした。
「……なあ、俺からいいか?」
頬に手を触れ、自分を見上げる形にした覚流を見つめる。
「な、に……?」
掠れた声がさらに恥ずかしくなって俯いてしまうが、その顔をゆっくり上げさせる。
「もう俺に顔、見せてくんねーの?」
「!」
他人に向けられる作った笑顔ではなく、覚流だけに見せる心からの笑顔で唇にキス。
「……俺さ、今すげーお前が欲しいんだわ」
榊の願いを聞いたところまではギリギリ涙を貯めるだけでなんとか堪えることができた。
……だが。
今度は身動きが取れなくなった。
「今日一日ジムで楽しそうにしてるお前見ててさ、ずーっとお前が欲しくてたまらんかった。何度人がいねえとこに連れ込みそうになったことか……」
今度の相手にゃ全く負ける気はせんが、もう少しで理性に負けるとこだったわ。
思わず苦笑いで弱音を吐きながら、榊は覚流をゆっくりと撫でる。
当の覚流は黙って榊の顔を見ているだけ。溜まった涙は少し溢れ始めていた。
「……もうツレぇんだ。これ以上のお預けはマジで勘弁してくれ……」
「!!!!!」
追い打ちを掛けるように囁かれる自分を望む榊の声を聞いた瞬間。
とうとう覚流はくしゃくしゃに顔を歪めながら、そのままコンクリートの上にへたり込んでしまう。
「おいおい、大じょ……」
抱き上げようとしたが、支える前に覚流の身体はするりと抜けるように着地してしまう。
「っ、さ、か……、さ……っ、と、……っき……」
そして、大粒の涙をこぼしながら子供のように声を上げて泣き出してしまった。
泣きながら「よかった」だの「敏樹が帰ってきた」だのと、どうやら榊が戻ってきたことを喜んでいるようなのだが、しゃくり上げながら話すものだからよくわからない言語に榊には聞こえていた。
だが、不思議と言っていることはわかった。
(あーあ、本格的に泣いちまった……)
今日何度も見ている覚流の涙は一日ずっと我慢をさせていたことが原因なのだと、榊はわかっている。
そんな覚流を見て困惑の色を隠せる訳もない。
おそらく泣くだろうという予測はできていた。だが、ここまで早く泣き出すとは思ってもいなかったのだ。
榊は彼が泣くことを何よりも苦手としている。
頭を撫でながら動揺を隠せないでいた。
(さーて、どうしたもんかなぁ……)
完全に話さなくなってしまった覚流をなだめながら、リビングの中に誘導しようと声を掛ける。
「泣くならうちの中で、な?」
コンクリの上じゃ風邪ひいちまう、と抱き抱えるように立たせてリビングの中へと連れていく。
「ほら、ここで泣けばいい。寒くないだろ?」
覚流をソファに移動させ静かに座らせる。
力なく座り込む覚流を見てから、榊は彼の前に跪いてその手を握った。
「欲しいっつったって無理に、とは言わねえ。お前が無理なら無理って言え。嫌なら嫌って言ってくれねえと俺はわからん男だ。……でもな、俺が欲しがっていいなら、泣くのやめて笑ってくれねえか?」
頼む、と穏やかな声で静かに囁く。
前に榊が自分に泣かれるのが一番厳しいと言っていたこと、そして、その時の辛そうな榊の顔を忘れられないでいた。
覚流はしゃくり上げながらぐしぐしと目を乱暴に拭う。
「ああ、そんな擦るな。痛くなるぞ。昼間ンとこも……、ああほら見ろ。血が滲んできちまったじゃねえか……」
赤くなってしまった目の辺りや、昼間キスで軽い消毒だけしてもらった場所にもう一度同じ方法で触れてくれる榊を見て、目を瞑る。
自分も榊と同じなのだ。
覚流も榊が自分の事で切ない顔をしたり、困ったような様子になるのが何よりも嫌なのだ。
(泣きやまなきゃ……、敏樹が困っちゃう……)
泣くことをやめて笑顔になろうと必死だが、けれど涙は止まる気配はない。
その一応の努力の結果が『笑いながら泣く』という複雑な顔になった覚流を見て、榊は頭を撫でる。
「お前を補給させてくれるってことでいいんだな?」
頬を親指でそっと拭われながら穏やかな声で尋ねられると、覚流はごく小さな動きでひとつだけこくりと頷く。
「で、も……、さかき、さん、……つかれて、る……、……大事な時期だから、むりは、だめ……」
途切れ途切れの声を呟くように告げると、榊は彼の細い身体を抱き寄せて髪にキスを落とす。
「俺のことなんざどうでもいい。無理でも疲れてもねえ」
「……でも」
「お前、この頃いろいろあってストレスたまってたんだ。それに今日は俺が原因で本当にいらねえ心配させた。黙って甘やかされとけ……」
柔らかい黒髪を撫でてから、手の甲に一つキス。
「さか、き、さん……」
「ん?」
「榊さんのベッド……」
目を真っ赤に腫らしながら、恥ずかしそうに顔を赤くして自分の願いをやっとのことで口にする。
「俺のベッド……?」
「敏樹の……敏樹のベッドで……俺を補給して、ください……」
勝手に泣き出した上にわがままだと思う自分の願いは、呆気なく聞き入れられる。
「あいよ」
立ち上がると榊はまるで二度とこの手を離さない、と言わんばかりに痛くはないが強くしっかりと手を 握ってくれる。
覚流はそんな榊の手を弱弱しく握り返すしか出来なかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
4 / 9