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なごみと過去8
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(なごみ語り)
当時、諒の家は僕の家と駅を挟んで反対方向にあった。日当たりの良い5階建てのアパートで、付き合ってる頃はよく通った。別れてから仕事の関係で引越したのは知っているが、転居先は分からない。
だから会いに行っても、そこに諒はいない。
「…………おじゃまします。」
「狭いけど、どうぞ。」
諒の家は普通のワンルームで、大学生の一人暮らしにしては殺風景だった。ベッドと、テーブルとテレビしかなく、他には大量の写真関係の資料が並ぶ棚があるくらいだ。
入ってすぐ大きな空の写真に目を奪われた。壁に貼ってある大きなパネルは、何にもない部屋で異彩を放っている。
「うわぁ…………」
すごい。
暗い空と明るい空が交差し、星と月が瞬いていた。紺色とオレンジのコントラストが素人の僕から見ても絶妙なのが分かる。自然が作り出した色合いに見えない。加工してあるかと思うくらい、色鮮やかだった。
「明け方の空だよ。」
思わず魅入っている僕に諒が言う。
「俺が一番好きな時間の空。夜と朝が混在している、静と動の空。これは、初めて師匠に認めてもらった写真なんだ。初心忘れずで飾ってある。」
すごいなこの人は。ぐいぐい未来に進んでいて、真っ直ぐ前を向いている。あまりにも諒が眩しくて、つまらないことで悩んでいる自分が恥ずかしくなった。
実は、この空のパネルは僕の家にある。
付き合って最初の誕生日に、我儘を言って貰った。今はクローゼットの奥にしまってあるが、いつか泣かずに見れる日が来たら、出してみようかなと思っている。
沖縄の空はどれも鮮やかなブルーで目眩がするくらい真っ青だった。1枚1枚、丁寧に説明してくれる諒との距離が近くて、僕は内心ドキドキしていた。写真を見ているのか、諒の声を聞いているのか、分からないくらい緊張していた。何も頭に入ってこない。
「なごみ君は、彼女とかいるの?可愛い顔してるからモテるでしょ?」
一通り写真を見た後、アイスコーヒーを飲みながら諒に聞かれた。2人で遊ぼうだの、ご飯に行こうだの、バイト先の女の子に誘われることはよくあったが、応じたことは数える程しかなく、深い仲になることも皆無だった。
「いえ、そんな全然……彼女なんていないです。諒さんこそモテそうじゃないですか。」
「いいや、全く。写真ばっかで、この間フラれたよ。女って面倒だよな。写真と私、どっちが大切なの、だって。写真って言ったら引っぱたかれた。はははっ笑えるよな。」
ここは笑うところらしく、無理やり口角を上げる。
その後に静かな諦めがじわりじわりと僕の足元から上がってきた。僕は諒の家に行って舞い上がっていて、それだけでよかったのに現実がまた僕を冷静に引き戻す。
諒にとって、僕はただの知り合い。
どうしたらもっと仲良くなれるのか、特別に近い存在になれるのか、分からなかった。
もっと近づきたい。諒を知りたいと、方法も分からないまま、枯渇する心が叫んでいた。
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